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【自作再訪】森村誠一さん「人間の証明」 「作家の証明書を」と言われて

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【自作再訪】
森村誠一さん「人間の証明」 「作家の証明書を」と言われて

 駆け出し作家のもとに、大手出版社の社長候補と目される人が自ら足を運ぶなんてめったにない。意気に感じたし、彼の言葉にビビッと来ました。「『しょうめい』って、音の響きはいいな。タイトルにしよう」と。ところが締め切りが迫っても書けない。予定の号に間に合わず、謝って辞退しようと思っていたころ、何かのパーティーで(現・KADOKAWA会長の)角川歴彦(つぐひこ)さんが「文芸は人間を描かないと」と話しているのを聞いたんですね。トリック中心の本格推理も好きだけれど、僕は人間を深く描きたい思いも強かったから共感した。同時に頭をよぎったのが、西條八十(さいじょう・やそ)(1892~1970年)の「ぼくの帽子」という詩です。大学時代、一人で訪れた霧積(きりずみ)温泉(群馬県安中市)で宿が用意してくれた弁当の包み紙に刷られていたもので、「いい詩だな」と思いながらも20年もの間意識の底で眠っていたんですね。読み返してみて「母子の情愛を軸にしたミステリーが書けるかもしれない」と。そこからは想念がわき出て言葉にペンが追いつかない。1カ月ほどで書き上げた記憶があります。

 《〈母さん、僕のあの帽子、どうしたでせうね?/えゝ、夏碓氷から霧積へ行くみちで、/谿谷へ落としたあの麦稈(むぎわら)帽子ですよ。(以下略)〉。母への思慕が伝わる西條八十のそんな詩が物語のカギとなり、人間にとって真に大切なものを問いかける》

 幼いころ、僕は臆病で、小学校に一人で登校できなかったんです。だから母は毎朝家の前で、僕がそばの角を曲がるまで心配そうに見守ってくれていた。執筆当時、母親は健在でしたけれど、「あのころの母親に会いたい」と猛烈に思ったんですね。誰もが持つ郷愁のようなものでしょう。

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