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【夫婦の日本史】第42回 日本で眠る「お雇い外国人」と妻 渡部裕明

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【夫婦の日本史】
第42回 日本で眠る「お雇い外国人」と妻 渡部裕明

 前波くめとの出会いは、彼女が舞踊の師匠代理として彼の家に出稽古にやってきたときだったとされる。26(1893)年、正式に結婚し、先に日本人女性との間にもうけていた一人娘を引き取った。

 しかし一方で、彼の建築に対する日本政府の評価は、低くなった。それに代わって、岩崎弥之助率いる三菱財閥が新しいパトロンになってくれた。丸の内の赤レンガのオフィスビルや、個人の住宅を設計する事務所を持つことができたのである。

 コンドルはなぜ、故国に戻らなかったのだろう。彼の足跡を海外まで訪ね歩き、伝記小説『鹿鳴館を創った男』(河出書房新社)を執筆した畠山けんじさんは、「文化を含めて日本の暮らしが彼には心地よかったのではないか」と話す。

 大正9(1920)年4月、コンドルは病気がちになり、日本建築学会から来日以来の功績を顕彰された。間もない6月10日、くめが看病疲れから急死した。あとを追うようにコンドルも21日、亡くなった。

 葬儀は、デンマーク人外交官と結婚してバンコクで暮らしていた娘ヘレンが采配し、墓地は護国寺(文京区)に設けられた。日本と日本文化を愛し抜いた生涯、といっていい。

                   ◇

 ◎もっと知りたい コンドルは日本で100余りの建築を設計した。現存するのはニコライ堂(千代田区)、旧岩崎久弥邸(台東区)、旧諸戸清六邸(三重県桑名市)などで、いずれも国の重文に指定されている。彼の作品については、平成9年に開かれた展覧会図録を基にした『ジョサイア・コンドル』(建築画報社)が詳細だ。

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