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【夫婦の日本史】第42回 日本で眠る「お雇い外国人」と妻 渡部裕明

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【夫婦の日本史】
第42回 日本で眠る「お雇い外国人」と妻 渡部裕明

 □ジョサイア・コンドル(1852~1920年) 前波くめ(1856~1920年)

 ジョサイア・コンドルは、鹿鳴館を造ったことで知られる英国人建築家で、明治10(1877)年1月、明治新政府の招聘(しょうへい)によって来日した。

 いわゆるお雇い外国人で、創設された工部大学校造家学科(現在の東大工学部建築学科)の教師に就任した。教え子に東京駅や日銀本店を設計した辰野金吾らがおり、「日本近代建築の父」とたたえられる。

 お雇い外国人のほとんどが雇用期間を終えると帰国したのに対し、コンドルは一時帰国を除いて日本を離れなかった。さらには日本人女性と結婚し、東京で亡くなった。

 19世紀後半、欧州では葛飾北斎や東洲斎写楽の浮世絵など、日本の文物がブームとなっていた。ジャポニスム(日本趣味)である。1876年、英国建築界の登竜門とされるソーン賞を受けたコンドルも、日本文化への憧憬に取りつかれていた。

 「日本で建築を教え、欧米にも自慢できる洋風建築を建ててほしい」との依頼を、25歳の若手建築家は二つ返事で引き受けた。待遇も破格だったが、それ以上に「まだ見ぬ日本」に魅せられていたのである。

 コンドルは誠実な人柄だった。教育者と建築家の「二足のわらじ」の生活を完璧にこなした。明治16(1883)年には、欧化主義の象徴といえる鹿鳴館が完成している。

 文化に親しむことにも精力的だった。14(1881)年には日本画家の河鍋暁斎(かわなべきょうさい)に弟子入りし、「暁英(きょうえい)」の雅号(がごう)をもらった。さらには、日本舞踊にも打ち込んだのである。

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