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【いいたて通信(4)】「人生が落ち着くかと思った」飯舘村にはすべてがあった…

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【いいたて通信(4)】
「人生が落ち着くかと思った」飯舘村にはすべてがあった…

 佳那さんは「ひっそりしてなきゃって気持ちになる。ずっと気を遣っているようで開放感がない。飯舘村を出てからはずっとだよね」と話し始めた。

 飯舘村で保育士として働きながら、夫の幸男さん(31)と長女(6)、長男(4)と4人で暮らしていた。

 震災発生直前の23年2月には、村役場や中学校などがある村のセンター地区の伊丹沢地区に念願のマイホームを手に入れたばかりだった。

 「人生ここで落ち着いたって思った。子供を育てて野菜を作って、早くローンを返してその後のことまで考えて楽しみにしてたんだよね」

 12畳のリビングに家族4人で入れる広いお風呂。「4人で住むには広すぎる」という自慢のマイホームで、春が来たら庭の手入れも始めようとしていた。自宅の写真を見ながら「持ってこれるなら持ってきたいよ」とつぶやいた。

 仕事、家族、友人、安らげる自宅。飯舘村にはすべてがあった。

 23年3月11日、東日本大震災後、飯舘村は停電などが起きたが、大きな被害はなかった。村の一部が原発の30キロ県内に入っていたが、自宅と原発は遠いものだと考え、職場の片付けなどに追われていた。

 しかし、15日ごろには避難する人が出始め、村役場周辺も慌ただしくなり、危機感を抱いた。勤めていた保育園の所長の涙を見た翌日の16日午前4時、地震速報の音で目が覚め、「もうだめだ」と思い、実家の両親も含め、家族9人で逃げることを決めた。

 佳那さんの父親が放射線への知識を持っていたため、心強くは感じていたという。

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