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【世界史の遺風】(62)汪兆銘 「漢奸」と断罪された「愛国者」

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【世界史の遺風】
(62)汪兆銘 「漢奸」と断罪された「愛国者」

 ■東大名誉教授・本村凌二

 「汝(なんじ)の敵を愛せ」とはギリシャ語で書かれた新約聖書の名高い章句である。この「敵」とはエヒトロスという私仇(しきゅう)を指し、公敵のポレミオスではない。人間としては好ましい相手でも公の活動では政敵となることもあり、その逆もありうるわけだ。

 中国には「漢奸(かんかん)」という言葉がある。とりわけ戦中・戦後は、日本に協力した中国人をそう呼び、「売国奴」よりも厳しい表現であるらしい。

 20世紀の中国史のなかで最たる漢奸と問えば、中国人なら誰しも汪兆銘(精衛(せいえい))をあげるだろう。親日派を漢奸と呼ぶなら、仕方がない。だが、汪兆銘その人は最後まで自分が愛国者であることを疑わなかったにちがいない。

 蒋介石よりも4年前に生まれた汪兆銘は日本の法政大学に留学し、早くから健筆をふるった。漢人が満州人に支配されていた清国だから、20世紀初めには排満革命の機運が高まる。ほどなく孫文の率いる革命勢力のなかで、汪兆銘は頭角をあらわし、清朝摂政王の暗殺を試みたが失敗し、死刑宣告を受ける。幸いにも、1911年に辛亥革命がおこったために釈放され、名声をあげた。彼はなによりも孫文の忠実な信徒であり、民族主義の急進派であった。

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