記事詳細
【この本と出会った】
作家・吉川トリコ 『くちびるから散弾銃』岡崎京子著
■衝撃だったし、救いでもあった
人生で一番読み返した本はまちがいなく『くちびるから散弾銃』だと思う。大人になりきれない3人の女の子が時々集まってくだらないおしゃべりをしているだけのお話-といってしまうと、女性が自分のことを「女子」と言い張ってゆずらず、女子会なるものが定着した現代からするとさして珍しくもないのかもしれないが、この漫画が描かれたのはいまから20年以上前になる。
当時はまだ、女は20歳すぎたらとっとと女の子を卒業してコンサバ服を着なければならないという風潮がうっすら残っていた。速やかに嫁に行き、子供を産んで、女の子どころか女でいることも早々に手放さなければならない。だれに押し付けられたわけでもないが、周囲の女たちもテレビに出てくる女たちも、当たり前のようにみなそうしていたから、知らず知らずのうちに「その道しかない」と、刷り込まれていたのだ。
だから私にとって『くちびるから散弾銃』は衝撃だったし、救いでもあった。大人になってもちょうちんそでのワンピースを着て、少女漫画を手放さなくてもよく、バカみたいなことを言ったりやったりして、大好きな友達といつまでもキャピキャピしてていいんだ。親も学校も教えてくれない(教えたがらない)一番大事なことを私はこの本に教わった。
今回ひさしぶりに読み返してみて、予言の書みたいだとびっくりしてしまった。この本に登場するサカエたちは20代前半だけど、30代になってもまだ私は友達とお茶しながら「少女漫画といえばやっぱり大島弓子だよね」「嵐の相葉くんと動物園デートしたーい」なんてきゃあきゃあ言いながら話してる。サザエさんが年下だと知り「大人じゃん!」と騒ぐサカエたちより10も年上のくせになにやってんだろう私ったら。
でも平気。だって女の子だもん。(講談社・1000円)
◇
【プロフィル】吉川トリコ
よしかわ・とりこ 昭和52年、愛知県出身。平成16年に「ねむりひめ」が第3回「女による女のためのR-18文学賞」の大賞・読者賞をダブル受賞。受賞作を含む『しゃぼん』で単行本デビュー。著書に『少女病』など。
◇
岡崎京子は昭和38年生まれ。『くちびるから散弾銃』は女性漫画誌に62年から平成2年まで連載。バブル期の東京を舞台に23歳の女性3人組の日常を活写している。