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【転機。話そう、話しましょう】(95)明治大学教授の斎藤孝さん

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【転機。話そう、話しましょう】
(95)明治大学教授の斎藤孝さん

教育分野目指す

 そうして目指したのは教育分野だった。

 「大学3年の時には、教育番組を作ろうかとNHKの採用試験の受験を検討したこともあった。しかし、テレビ局に就職したところで、自分の思想をそのまま発信できるわけではない。番組を作る側ではなく出演する側になろうと思い直した」

 日本の教育を変える思想家になると、大志を抱いて大学院は教育分野に変更。しかし、またつまずいてしまう。

 当時、子供たちの心の不安定感が社会問題になり始めていた。子供の心の問題には、身体がかかわっているという身体論を生みだし、必死に論文を書いた。しかし、努力の割に周囲の反応は芳しくなかった。

 後になって、論文が認められなかった理由が分かる。呼吸など身体の細かな部分にはまりこんでしまい、通常の教育論からズレてしまったためだった。しかし、当時は「なぜ自分を分かってくれないのか」と殻にこもってしまった。周囲と会話することをやめ、孤独を追求するようになっていった。

 その間、私生活では結婚もし、2人の子供にも恵まれた。大学等の非常勤講師などをしながら生活。しかし、つい官僚や大手銀行に勤めた東大法学部時代の同級生と自分を比べては、落ち込む日々が続いた。

33歳で定職得る

 そんな暗中模索の人生に光が差し込んだのは、33歳の時。友人との飲み会の席で、たまたま明治大学の専任講師への求人があることを聞いたのだ。そして縁があって採用される。30歳過ぎにして初めて定職を得ることができた。

 そして7年後、「世を変えるほど影響力のある本を出す」という20年越しの夢をかなえるチャンスが突然舞い込んできた。

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