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【昭和天皇の87年】軍服を着た11歳の皇太子 だが本心は「博物博士になりたい」

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【昭和天皇の87年】
軍服を着た11歳の皇太子 だが本心は「博物博士になりたい」

画=豊嶋哲志 画=豊嶋哲志

 ところでこの年(大正2年)、裕仁皇太子は初等学科6学年。学習院生活も残りわずかだ。その間、心身ともに急速に成長し、趣味や興味の対象も広がった。

 昭和天皇実録によれば、外国の地理や政情にも関心を持ち始め、辛亥革命後の中国の内乱状態について、侍医から経緯を聞いたりしている。

 読書量も増えた。《特に『世界名君伝』を熱心にお読みになる》と、昭和天皇実録に記されている(4巻45頁)。

 中でも一段と興味を示したのが、理科的分野だ。

 2年12月16日《雪の結晶を顕微鏡にて御観察になり、雪を用いた生卵の凍結実験をされる》(4巻71頁)

 3年1月4日《天皇・皇后より御年玉として、排気機・ハートル氏光線屈折装置・エックス光線装置・手動起電機等の理科実験器械を賜わり、この日より連日の如く、これらの理科実験器械にて理科実験を行われる》(4巻75頁)

 ある日、裕仁皇太子は側近に打ち明けた。

 「博物博士になりたい」

 むろん、自ら職業を選べる立場でないことは分かっている。それでもあふれる理科への情熱を、誰かに話さないではいられなかったのだろうか。

 大正3年4月2日、学習院初等学科卒業-。翌5月から、本格的な帝王学を修業すべく、新設の東宮御学問所に進学する。

 同所の総裁として裕仁皇太子を待っていたのは、日本海海戦の英雄、東郷平八郎だった--。(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

【参考・引用文献】

○宮内庁編『昭和天皇実録』3、4巻

○秩父宮雍仁親王著『皇族に生まれて-秩父宮随筆集』(渡辺出版)

○久松定孝謹話「思ひ出のいろいろ」(田中光顕監修『聖上御盛徳録』所収)

○秩父宮雍仁親王インタビュー「肉親としての天皇陛下」(柳沢健著『御殿場清話』所収)

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