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【昭和天皇の87年】軍服を着た11歳の皇太子 だが本心は「博物博士になりたい」

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【昭和天皇の87年】
軍服を着た11歳の皇太子 だが本心は「博物博士になりたい」

画=豊嶋哲志 画=豊嶋哲志

 「しかし僕(雍仁親王)には、まだはっきりと皇太子という意味がわからなかったものとみえる。それで崩御後まもないころ、兄上に、『おにい様、皇太子殿下には、御結婚遊ばすと、おなりになるのでしょう』と、話しかけた。父上の場合を頭に描いて、皇太子は夫婦でなければならないとでも思ったのであろう。と、そばにいた弟(宣仁親王)は、『オニイサマ、ゴケッコンッテ、ナーニ? ニワトリナノ?』と。まさに傑作の落し話である」

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 皇太子になるまでは、雍仁親王と宣仁親王と、兄弟3人いつも一緒だった。弟思いの長男、兄思いの次男、まだ幼く無邪気な三男-。3人は寝食をともにし、家には笑いが絶えなかった。

 しかし、これからは違う。専属の東宮職員が世話をするようになり、馬車も弟たちとは別々に乗るようになった。これまで周囲から迪宮(みちのみや)さま、皇孫さまと呼ばれていたのが、「皇太子殿下」に変わった。

 そして、その日がきた。

 大正元年12月31日《御避寒のため熱海御用邸に行啓される。なお同日、雍仁親王・宣仁親王は沼津御用邸に御避寒になり、本日を以て両親王と御別居になる》(3巻203頁)

 雍仁親王が述懐する。

 「いつかは来るべきものではあったにしろ、その時が、いつであろうなどとは考えたこともなかったのだから、さびしさこの上もないものがあった。僕の方は二人だからまだよいとして、一人ぼっちになる兄上は、言葉以上につらいものがあられたに相違ない。いくら悔んでも、愚痴をこぼしても甲斐のないことだが、明治天皇のおなくなりになったことを恨まないではいられなかった」

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