【短編小説の自由】保坂和志さん/円城塔さん - 産経ニュース

【短編小説の自由】保坂和志さん/円城塔さん

保坂和志さん
円城塔さん
 短編小説という器は、短さゆえに自由で先鋭的な手法が試みられやすい。優れた短編に贈られる川端康成文学賞の受賞作を収めた単行本を出した保坂和志さん(61)と円城塔さん(45)の話から、小説という表現の可能性が見えてくる。(海老沢類)
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保坂和志さん「ハレルヤ」…確かなこの瞬間を残す
 「短い枚数で完結性を持つ、短編のウエルメイドな(うまく作られている)感じが嫌だった。でもある時点で、勝手に散らかして終わることもできる、と分かったんですよ」
 堅牢(けんろう)な構成はなく、随筆を書き進むように、一つの挿話を別の挿話に連ねていく。4編からなる『ハレルヤ』(新潮社)にはそんな自由闊達(かったつ)さがある。
 今年の川端賞を受けた収録作「こことよそ」の語り手は、還暦を迎えた作者自身らしき「私」。『谷崎潤一郎全集』の月報エッセーを執筆する「私」は、「世に出る前の鬱屈」が題材の谷崎作品に触れ、作家志望だった20代の自分を思い出す。映画を一緒に撮った亡き友の顔、1990年代のCMフレーズ、実父の事故死…。現在と過去を行き来し、小説は厚みを増す。
 タイトルは興味深く見た仏ヌーベルバーグの巨匠、ゴダールの映画から。彼方(かなた)の時空を現在に呼び込む視線は、いくつもの死を優しく包む。そんな感触は、片目が見えなくなった愛猫との日々をつづる表題作にも流れる。「生きていることと死んでいることを分けて考えなくていい、というのがもっぱら関心の中心。生が途切れてしまったことを嘆くのは、生きている間のことをも否定しちゃう気がする」
 再生される記憶の密度は濃い。時系列や論理的整合性には目を向けず、自分の感覚を忠実に言葉に移す。
 「描きたいのは『この瞬間が確かにあった』という感触ですよね。記号や形容詞の世界に流れない、その人が確かにいたんだ、という感じ。時系列にこだわると、大事なものがこぼれてしまう」
 長い文章をひたすら読点でつなぐなど、叙述も年々自由になっている印象がある。「意味でなく感覚で取るための書き方。日本を抑圧感が覆う中、細かな正確性にこだわらない僕の振る舞いは一つのメッセージにもなる」
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【プロフィル】保坂和志
 ほさか・かずし 昭和31年、山梨県生まれ。平成5年に『草の上の朝食』で野間文芸新人賞、7年に「この人の閾(いき)」で芥川賞。9年に『季節の記憶』で谷崎潤一郎賞などを受賞。25年に『未明の闘争』で野間文芸賞。
円城塔さん「文字渦」…感情揺らす文字の変遷
 「日本語の特性をどうしても考えるんですよ。小説を日本語で書く必然性は? そう考えたときに浮かんできたのが『漢字』『かな』といった文字だった」
 新刊『文字渦(もじか)』(新潮社)に収められるのは「文字」をめぐる12の短編。純文学とSFを越境し、奇想に満ちた作品を紡ぐ作家らしい実験精神がみなぎる。
 昨年の川端賞を受賞した表題作も文字が主役だ。中国・秦の始皇帝が築いた陵墓の周りに埋められた1万体超の兵馬俑(へいばよう)。この兵士などの像を作った職人「俑」の足跡を虚実を取りまぜてつづる。法と秩序に重きを置く秦の文字は簡潔そのもの。でも文字は〈集団に与えられた恩寵(おんちょう)〉だと思う「俑」は別の文字体系をひっそりと残す。中国・唐の国家整備と漢字の標準書体である楷書(かいしょ)の進歩に触れる収録作「新字」と合わせ、文字の形成がもたらす支配と被支配の関係もえぐり出す。
 「ネット上の文字は今、大抵ユニコード(コンピューター用の文字の国際統一体系)ですよね。それは言葉の流通には便利だけれど、実はフォントがないものは書きにくくなっている。そういう制限を受けていることも忘れないほうがいい」。ルビが氾濫し、一幅の絵画のような奇怪な漢字も頻出するユニークな短編群は、人工知能(AI)が君臨する未来も見つめる。「漢字とかなの混成であるルーズな日本語はAIの処理には向いていない。ウェブ上の言葉もすごい勢いで変わっている」
 短編向きの作家、を自任する。「すぐに読めて落ちがある。そんなホラ話が好きだから(笑)」。執筆を通して、小説の妙味も改めて感じたという。
 「明快なメッセージを伝えたいのなら論文を書けばいい。読み手に何か錯覚を引き起こし、感情の浮き沈みをもたらす。そういう機能を持っているから小説は残っているんだな、と」
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【プロフィル】円城塔
 えんじょう・とう 昭和47年、北海道生まれ。平成22年に『烏有此譚(うゆうしたん)』で野間文芸新人賞、24年に「道化師の蝶」で芥川賞。『Self(セルフ)-Reference(リファレンス) ENGINE(エンジン)』で2014年に米フィリップ・K・ディック賞特別賞。