パソナグループ代表・南部靖之(1)東京駅前で稲と牧場つくった

話の肖像画
本社が入るビルにある大手町牧場でヤギと一緒に=東京都千代田区(荻窪佳撮影)

 〈主婦の再就職を応援しようと、大学卒業直前に起業した人材派遣のパイオニア。近年は都心のビルに農場や牧場を誕生させた〉

 講演で地方に行くんですが、「パソナ」と言っても分かってもらえないんです。「東京駅前で農業や牧場やっているんですよ」と説明すると、「あ~っあそこね」と。テレビなどでご存じなんですね。

 2年ほど地方行脚したとき、農業の人手不足を目の当たりにしました。中国産野菜の問題もあり、安全、安心な農業が必要だった。一方でリストラされた中高年や就職氷河期に職に就けなかった人がいる。すべてに役立つ仕掛けとして、農業を始めました。今では「先見の明があった」と言われますが、その頃は「何やってんや」という感じでした。

 〈平成17年には「地下農場」を始めた〉

 東京駅近くの銀行の本店だったビルを借りたら、地下金庫のフロアがありました。窓はないし、本も読めないので使い道がない。そこで「温度調整して一年中農業ができるようにしたらどうか。定年になった人や都会の若者、実家が農家だった人に興味を持ってもらえるのでは」と思い立ったのです。コメは3回失敗しました。農学の先生が「これをやればうまくいく」と大量の資料をくれましたが、設備に何千万円かかると分かり、びっくりしました。

 そうしたら、どこで話を聞いたのか、京都で農業をやっている70歳を過ぎた方が来て、「南部さん、できない理由が3つある」と言うんです。1つは風が吹かないからで、業務用の大きな扇風機を入れました。2つ目は、雨が降らないから稲に酸素が送られない、チューブに穴を開けて空気を通せばいいと。3つ目は、「南部さんは関西人やから、欲張ってたくさん収穫しようとして稲の間隔が狭い」。指摘通り直したら、次の年には見事に実りました。

 〈29年には東京駅前の本社が入るビルに「大手町牧場」を誕生させ、世間を驚かせた〉

 「酪農は365日24時間休みなしで、従事者が10年で半分になった」と聞かされたんです。バター不足や、遺伝子組み換え作物を飼料にした肉や卵の問題もありました。

 本社移転を検討中で、牧場ができないかと大手不動産のトップらに相談したら、東京駅前のビルを本社にし、その中でやったらどうかと言われました。臭いの問題があり、空調を自前できちんとすることが条件でした。不動産の担当役員からは「本当につくるんですか」と何度も電話があったようです。「牧場なんて嘘や」と思っていたのかもしれません。

 牧場には牛や豚、ヤギにアルパカ、フラミンゴもいて、一般の人も事前に申し込めば見学できます。僕と会社の産業医の先生は皆勤賞で、牧場にいると若い社員から「話をしてもいいですか」なんて声をかけられる。コミュニケーションの場にもなっています。(聞き手 大塚昌吾)

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 【プロフィル】南部靖之(なんぶ・やすゆき)

 昭和27年、神戸市生まれ。関西大工学部卒業。大学卒業直前の昭和51年2月、パソナ前身のテンポラリーセンターを創業し、人材派遣事業を開始。ベンチャー三銃士の一人と呼ばれる。62年に家族で渡米後、阪神・淡路大震災を機に帰国。女性や若者、シニア、障害者雇用に取り組み、農業を軸に地方創生事業も展開し、総合人材サービス業として平成5年にパソナに社名変更。現在はグループ代表兼社長。大阪大大学院客員教授。