【職人のこころ】掌に籠る職人の精神 - 産経ニュース

【職人のこころ】掌に籠る職人の精神

井戸理恵子さん
 去る9月8日、産経新聞社様のご厚意でこの連載の特別講演会という形で「職人のこころ~自然に生かされる」というテーマで日本の伝統職人についてお話させていただく機会を頂いた。
 冒頭に「掌」という漢字について語る。「職人のこころ」は職人の掌、すなわち、たなごころを通して、モノに人に伝達される。掌を「たなごころ」と読み習わした日本人。そもそも掌という漢字の、冠に当たる部分には冖(わかんむり)、宀(うかんむり)、穴(あなかんむり)といった総称がない。便宜的に「尚頭と呼ぶようになったが、漢和辞典で調べる時には冠の部分ではなく、その下の「手(掌)」、「貝(賞)」、「巾(常)」、「旨(嘗)」で調べる。
 「尚頭」には神から降りてきたものを示す意味があるそうだ。言われてみると、「賞」は神様からのご褒美のような意味合いがある。「常」を継続していくにも、「嘗」の食べ物も、人の意志ではない力が働いている。いつしか掌という漢字を眺めていると、職人の手を思い出してしまうようになった。
 それはある職人と話していた時のこと。なるほどと思ったことがあった。「もっとうまくなりたい。もっとよいものを作り出したい。そう思って、日夜努力を重ねているとある日すごい力が降りてくるようになった。」のだと。「まぐれであってほしくないのでその感覚を忘れないうちに努力を重ねた。そうしたら、その技術が本物になった。自分がイメージした通りのものが作れるようになった。そうすると、不思議なもので偽物が作れなくなった。手を抜いたものが作れなくなる。それが職人の性(さが)なのかもしれないな。」と話してくれた。
 そもそも「たなごころ」は赤子を抱くこころであるとか、人を癒そうとするこころであるとか、直接的に慈悲に近いこころの作用の代弁なのだろう。しかし、先人から伝えられた技術、今を生きる職人の技術もまた然り。人や社会を思う心から生まれたものだ。
 職人は自らの「たなごころ」をもって、間接的に思いを伝える。伝統的な技術には過去からの先人たちの多くの思いが込められている。生活を豊かにする願い。危険から守り、人々の心を安寧に導こうとする祈り。そうした思いが込められている。本質的な技術とは本来人々を幸福へと導くものなのだ。掌はその職人のこころを無意識に導く、神の力なのかもしれない、とふと思う。

〈プロフィール〉
 井戸理恵子(いど・りえこ) 民俗情報工学研究家。1964年北海道北見市生まれ。國學院大学卒。多摩美術大学非常勤講師。ニッポン放送「魔法のラジオ」企画・監修。ゆきすきのくに代表として各種日本文化に関わるイベント開催。オーガニックカフェ「ゆきすきのくに」にて自然食を提供。二十数年来親交のある職人たちと古い技術を訪ねて歩く《職人出逢い旅》など15年以上に渡って実施中。気心しれた仲間との旅をみな楽しみにしてくれている。主な著書に「暦・しきたり・アエノコト 日本人が大切にしたいうつくしい暮らし」「こころもからだも整うしきたり十二か月」(共に、かんき出版刊)、「日本人なら知っておきたい!カミサマを味方につける本」(PHP研究所)などがある。