清武英利(ノンフィクション作家) 資産家たちの危うい人生

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 「由緒正しい貧乏人だから」と胸を張るような人間が好きなので、一徹者や脂が抜けたような人々が周りに残った。弁当を下げて訪ねたり、口開けのカラオケに誘ったり、カネのある者が酒場で多めに払ったり、そんな流儀が自分にも合っているような気がする。

 ところが、『プライベートバンカー』という本を書いてから、全く逆の世界の、危うい資産家から声をかけられるようになった。彼らも寂しいのである。節税本を持って海外に移住した者がいれば、ニューヨーク、シンガポール、日本と3つの国で生きる元相場師がおり、世界中を絶え間なく動く不動産投資家がいて、彼らの便りが途絶えると、たいていその身に何かが起きている。

 知人の一人は、「旅する大家(おおや)」と呼ばれている。彼はこの夏、アムステルダム駅前で昏倒(こんとう)した。4日後に意識を取り戻してみると、心肺停止のところを自動体外式除細動器(AED)で蘇生(そせい)し、現地の病院で緊急手術を受けていたという。国内外に250戸の賃貸物件を持つ資産家なのだが、独りで生き、リュックにスタバの大きなバッグを下げて世界を旅している。かの地の病院では浮浪者扱いをされ、治療費を請求されずに帰国してきた。さすがに人生観が変わったらしい。いつもの節税話もなく、「今日が最後と思って生きています」と神妙であった。

 バンコクで知り合った元医師も病院に搬送されていた。彼はカネを預けたプライベートバンカーに騙(だま)され、取材者にすぎない私に、「良いプライベートバンカーを紹介してくれ」と何度も連絡してきていた。無視していたら、彼の友人から電話がかかってきた。「脳出血で倒れた。危ない」。彼は親族との縁を絶ってタイに移住し、小学生の一人娘と、二十数億円の資産を残している。

 しばらくして、友人を通じ、日本の身内探しを私に頼んできた。といって、書き手の矩(のり)を超えられない私に何ができようか。あたふたしているうちに、彼は日本大使館の世話で、植物状態となって帰国してきた。大阪の病院に面会に行くと、体中にチューブを刺してベッドに横たわっている。「わかりますか?」。話しかけても天井を凝視したままだった。「聞こえていますよ」と看護師。促されるように私は続けた。

 「あなた、私に言ったじゃないですか。『全力を尽くして長生きをせざるを得ないんだよ』って。『死んだらいろんな人間が寄ってたかって財産を取りに来る』と言いましたよね。お嬢さんが大きくなるまで頑張りましょう」

 (俺は何を言っているのか)と思ったが、白々しいこの言葉以外に思いつかなかった。娘さんのことは大丈夫ですよ、と言いたかったのだ。だが、私には居所すらわからない。施設に引き取られたと聞かされたが、確かめるすべもなかった。

 5カ月後に、彼は力尽きたという。友人によると、コンドミニアムにあった彼のベンツはどこかに消えていた。友人はもっと消えていくと言う。悲しいが、私にできることは多くない。彼らの危うい人生を書き残し、あの資産が彼女の手に渡ることを祈ることぐらいだ。

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【プロフィル】清武英利(きよたけ・ひでとし) 昭和25年、宮崎県生まれ。立命館大学経済学部卒。読売新聞東京本社編集委員などを経て平成16年から23年まで読売巨人軍球団代表。26年『しんがり 山一證券 最後の12人』で第36回講談社ノンフィクション賞、30年『石つぶて 警視庁 二課刑事の残したもの』で第2回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞読者賞。