書評家・北上次郎が読む『青少年のための小説入門」久保寺健彦著 遥か底からこみ上げる思い

書評
『青少年のための小説入門」久保寺健彦著

 作家になるための入門書、ではない。長編小説である。作家を目指すのは20歳のヤンキー、登。ただし、彼はディスレクシア(字を読むことに困難がある障害)なので仲間に真面目な中学2年生の一真を引っ張りこむ。弱みを握られている一真は断れず、図書室から次々に本を借りてきては、登の前で朗読する日々が始まっていく。

 登は記憶力も優れているのだが、分析も鋭い。

 たとえば、志賀直哉の『城の崎にて』を「山手線にはねられて温泉にいく話」と記憶するのは、電車にはね飛ばされてけがをしたという書き出しが印象的だったからだ。

 逆にラストを覚えているものもあり、それが谷崎潤一郎『細雪』。そのラストは「下痢はとうとうその日も止まらず、汽車に乗ってからもまだ続いていた」というもので、登の感想は「下痢かよ。下手したら全部ぶち壊しになんのに、なかなか下痢で終わらそうとは思えねえ。筋金入りの変態だな、やっぱ」というものだ。

 このように古今東西の名作が次々に俎上(そじょう)に載せられるのだが、登の鋭い分析と感想に、ひたすら感心する。

 ストーリーを考えるのは登、実際に書くのは一真という分担で、実際にこの2人は作家としてデビューするのだが、『ライ麦畑でつかまえて』を下敷きに暴走族のドラマを作るなど、登の換骨奪胎ぶりはさえ渡る。

 もっとも、そのまま何の問題もなく、うまくいくほど世の中、甘くない。はたしてどういう問題が起きるのか、登と一真は、どうそれらに立ち向かうのかは、本書を読まれたい。

 鑑別所帰りのヤンキーと、真面目な中学2年生(最後は20歳になっているが)の、凸凹コンビの友情の風景もなかなかにいいが、いちばんの美点は他にある。物語の表層では換骨奪胎をはじめとして技術的な側面が語られるけれど、その遥(はる)か底のほうから、小説は素晴らしいという思いがこみ上げてくることだ。

 平成23年の『ハロワ!』以後、7年も沈黙していた著者の、復活の快著だ。(集英社・1650円+税)

 評・北上次郎(書評家)