「テレビ朝日のダイオキシン報道は、的確さを欠いていたのではないか」(10年10月~11年3月)

平成の証言
テレビ朝日「ニュースステーション」の降板会見に臨む久米宏氏=平成15年8月26日

 31年4月30日の終わりに向けてカウントダウンが始まった平成時代。私たちが受け止め、発した言葉は時代の証言となって「あのとき」をよみがえらせます。「平成の証言」を、元年からひと月刻みで振り返ります。

平成10年10月

 「上場でようやく一人前の会社になれた気がする。市場から高く評価されたことはうれしい」(NTTドコモの立川敬二社長)

 「20世紀最後の大型上場」とされたNTTドコモの株式が22日、東京証券取引所第1部に上場された。初値は460万円。時価総額はNTT、トヨタ自動車に次ぐ規模で、45%は個人株主。市場関係者は「たんす預金が流れ込んだのでは」と分析した。

 ポケベルから携帯電話への移行が前年から加速し、翌年にはドコモで「iモード」サービスが開始。「ケータイ」は爆発的普及期にあった。

10年11月

 「日本軍国主義は対外拡張の誤った道を歩み、中国人民とアジアの他の国々の人民に大きな災難をもたらした」(中国の江沢民国家主席)

 中国国家元首として初めて来日した江主席は、滞在中に幾度も「過去の断罪」を口にした。この発言は26日の宮中晩餐(ばんさん)会で。天皇陛下が「今後とも互いに手を携えて」世界の課題解決に貢献できるよう未来志向のお言葉を述べられたのとは対照的で、閣僚関係者は「未来志向のかけらもない」と指摘した。

 一方、江主席は日本で絶滅間近だったトキのつがいの贈呈を表明。現在の繁殖につながっている。

10年12月

 「『凡人、軍人、変人の争い』は日ごろ思っていることを言っただけ。首相はもう少し明るい発言、表情ができないものか」(田中真紀子衆院議員)

 「凡人」は小渕恵三氏、「軍人」は梶山静六氏、「変人」は小泉純一郎氏。7月の自民党総裁選に立候補した3氏を田中氏が揶揄(やゆ)した言葉が12月、この年の新語・流行語大賞を受賞した。これは授賞式でのあいさつだ。

 景気が悪化する中、自民党は7月の参院選で敗北し、橋本龍太郎首相が退陣。三つどもえの総裁選を制した小渕氏の内閣が同月末に発足している。

11年1月

 「日本の薬事行政はこれまで有効性より安全性を優先させてきた。バイアグラは有効性を優先させた最初の薬になるかもしれない」(厚生省幹部)

 25日、厚生省は男性の性的不能治療薬「バイアグラ」の製造、輸入を承認した。製薬会社の申請から半年後という異例のスピード承認だった。

 米国では前年4月に発売されて大人気に。日本でも個人輸入で入手するケースが増え、7月には60代の男性が副作用で死亡していた。スピード承認の背景には、事故を防ぐため、正規ルートで管理したい厚生省の意向があったとみられる。

11年2月

 「テレビ朝日のダイオキシン報道は、的確さを欠いていたのではないか」(埼玉県所沢市の斎藤博市長)

 1日夜、テレ朝の報道番組「ニュースステーション」が「所沢市の葉物野菜から高濃度のダイオキシンが検出された」と放送。翌日から大手スーパーが野菜の取り扱いを中止するなど大きな影響が出た。

 後日、葉物は煎茶(せんちゃ)だったことが判明。農家は抗議し、久米宏キャスターが番組で謝罪したが、訂正放送は拒否した。騒動はダイオキシン対策が進むきっかけともなったが、報道のあり方に疑問を残した。

11年3月

 「政府の対応は敏速だったが、船を逃したことは誠に残念だ。先に攻撃することは現行法では容認されていない」(野中広務官房長官)

 能登半島沖で23日午前、日本の漁船を装った不審船2隻が領海内にいるのを海上自衛隊が発見。停船命令を無視し逃走を図った。海上保安庁の巡視船は同日夜、不審船近くの水面に46年ぶりの威嚇射撃を実行。巡視船では追いつけず、政府は24日未明、自衛隊法に基づく初の海上警備行動を発令した。

 不審船は防空識別圏の外へ逃走。北朝鮮の工作船とみられ、日本の守りの不備をさらけ出した。