辻仁成さん新作「真夜中の子供」 少年に救い、歓楽街の希望 - 産経ニュース

辻仁成さん新作「真夜中の子供」 少年に救い、歓楽街の希望

作家、辻仁成さん
 「今の僕の小説は海外に住んでいるから書けるものばかりですよね」。フランスのパリに暮らす作家、辻仁成さん(58)の新作『真夜中の子供』(河出書房新社)は日本屈指の歓楽街である福岡の博多・中洲(なかす)が舞台。眠らぬ街でたくましく生きる無戸籍の少年らの群像劇に、遠くフランスから見た日本の姿が重ねられている。(海老沢類)
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 主人公は、中洲でホストとホステスとして働く両親に育児放棄された少年・蓮司(れんじ)。親の都合で出生届は出されず戸籍はない。小学校にも通わずネオン街を駆け回り「真夜中の子供」と呼ばれていた。生まれた街を愛し、自分の安全地帯のような小さな「中洲国」の設立を宣言する蓮司だが、ある事件を境に姿を消す。近いようで遠い、自分の確たる居場所と現実的な夢をつかみ取ろうともがく少年の十数年がつづられる。
誰もが親に
 「ネットで日本からのニュースに触れて、すごく驚くんですよ」と辻さんは言う。「親が子をほったらかしたり、生まれたばかりの子供を殺したり…。虐待や育児放棄といった問題が普通に起きている。何かが違う、一体どうしたんだろう?という思いが根底にはある」
 手法として意識したのは21年前の芥川賞受賞作『海峡の光』。函館少年刑務所という箱庭的な世界を設定し、かつての同級生の関係性を見つめていた。「中洲のある福岡も僕の一族の出身の場所でなじみも土地勘もある。今度はそこを小さな箱庭にして、世界の中での日本の今とこれからを見つめてみよう、と」
 だから語りは主人公に密着しない。俯瞰(ふかん)するような視点から蓮司の周囲の人々や光景を描く。彼に思いを寄せながら漢字を教える孤独な少女。小学校へ通わせようと奔走する交番勤務の警官。気づけば優しく声をかけてくれる異国から来た風俗店の客引きら、ネオン街の個性的な面々…。そうした愛や人情を、地から沸き上がるような「オイッサ、オイッサ」という博多祇園(ぎおん)山笠の勇壮な掛け声が包み込む。血縁やしがらみを超えて、孤独な少年を救い、もり立てる「力」がすくい上げられる。
 「親の役割を放棄する大人がいる一方で、見捨てられた子供を支えようとする人間もいる。それが、世界だと思うんですよ。本当の家族かどうかは重要ではなくて、誰もが“親”になり得る。そういう一つの希望を、中洲という小さな島の歴史や霊力、そして人々の厚い人情を通して描いてみたかった」
驚きと感動
 この小説は、自らが監督となって映画化することが決まっている。実際、物語は映像映えしそうな情景に富み、後半には読者を驚かせる展開もある。
 「驚き、感動し、いろいろ考えてもらいたい。幸福に対する価値観がすごく狭まっている今の時代だからこそ、一人一人の空想力を広げられるような物語を作りたい」
 パリに住んで16年。息子も来年には現地の高校に行く。最近、フランス語を母語とする環境で育ってきた息子との感覚の違いを実感するという。
 「僕の知らないものを彼はいっぱい持っている。親子でも、違いがあるんですよ。だから何でも杓子(しゃくし)定規に良い悪いと決めつけるのではなく、ゆるやかな感じでいかないと世の中は一つの形にならない」。長い海外生活で得たそんな現実感覚は、創作の貴重なエネルギー源でもある。
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【プロフィル】辻仁成
 つじ・ひとなり 昭和34年、東京生まれ。福岡、帯広、函館などで育つ。54年にロックバンド・エコーズを結成。平成元年に『ピアニシモ』ですばる文学賞、9年に「海峡の光」で芥川賞。11年には『白仏』の仏語訳版が仏フェミナ賞の外国小説賞を受けた。映画監督としても活躍する。