演劇ジャーナリスト・永井多恵子が読む『百年の秘密/あれから』ケラリーノ・サンドロヴィッチ著 久方ぶり!長編戯曲の味わい

書評
『百年の秘密/あれから』ケラリーノ・サンドロヴィッチ著

 楡(にれ)の木がそびえ立つ広大な屋敷を舞台にした、ある一族とその隣人たちのクロニクル。井上ひさし亡き後、久方ぶりに演劇界に生まれた長編戯曲「百年の秘密」。

 作者が結成した劇団ナイロン100℃で平成24年初演。ナンセンス・コメディー風の軽い作風が特徴と思っていたが、4時間に及ぶ舞台にはユージン・オニールやアーサー・ミラーを彷彿(ほうふつ)させる場面もあり、終演後すぐには立ち上がれないほどの感動を覚えた。

 ところどころに作者らしい洒脱(しゃだつ)とユーモアが何げない装いでされていたのはいつものことだが、緻密に計算された設計図のように人生の挫折と寂寥(せきりょう)が描き出されていた。

 戯曲が舞台にのせられることはあってもこうして出版されることは稀(まれ)だ(本書はもう一作「あれから」も収録)。戯作者たちは消費され忘れられる。今年、同じキャストで再演。登場人物はその俳優たちに宛て書きされているが、キャストが得られれば若い劇団で繰り返し上演されることを期待したい。

 物語をつづるのは2人の少女-ティルダとコナ、12歳から始まり、以後、38歳、死後、78歳、48歳…と時間を行き来させながら、ほのかな恋心、出自の異なる者への差別、年上の女性への愛、父の不倫、死、事業の失敗など、生きていく上で直面する大きな衝撃のシーンが描かれる。

 「病院ってとこは嫌ね。人がこの世からいなくなるのをそおっと隠してごまかしているみたいで…」

 座付き作者の一面も持つ多作家だから観客に響く微妙なせりふのやりとりがうまい。「戯曲」というからには音楽的な要素も必要だ。「…」で表される「間」、カッコ書きの中の「動き」の指定がリズムを呼び起こす。

 さて、女性同士の生涯にわたる固い友情の存在を読者は信じるだろうか。共に死ぬほどの友情を…。幼い判断が人生を狂わせていく「秘密」は100年の歳月を経て、終幕に明かされる。伝わってくるのは残酷な行為の裏にある少年少女たちのイノセントな感情だ。秘密を託された楡の木だけがそれを見守っている。(ハヤカワ演劇文庫・1500円+税)