朝吹真理子さん7年ぶり新作「TIMELESS」 重なる時間、循環する命

 
「朝も夜も弱い“ロングスリーパー”。大体遅く起きて夕方まで書いてます」と話す朝吹真理子さん (三尾郁恵撮影)

 26歳での芥川賞受賞からはや7年。朝吹真理子さん(33)が初めての長編小説『TIMELESS(タイムレス)』(新潮社)を出した。恋愛感情は抱かずにドライな形で命をつないでいく若い男女の姿を、幾層にも重なる時間の中に描く。自然と人類、歴史と現在といった境界も溶ける壮大な物語空間が広がる。(海老沢類)

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 デビュー作でドゥマゴ文学賞を受け、翌年には芥川賞。スタートは順風だったが、今作の連載を始める平成27年末まで書けない日々が続いた。「(芥川賞の)『きことわ』を書き上げてすぐ、タイトルと一組の男女が歩き続けるイメージは浮かんでいた」と朝吹さん。「でも2人がどこを歩いているのかも分からない。書いても書いてもモノにならなかった」

 打開のきっかけをくれたのは歴史学者の磯田道史さん。対談の帰り、一緒にタクシーで東京・六本木を通りかかったときに教えられた。400年前の六本木あたりは麻布が原と呼ばれ、現在のミッドタウン付近で徳川2代将軍・秀忠の妻だった江姫(ごうひめ)が荼毘(だび)に付されたのだ、と。火葬で焚(た)かれた香木の煙は1キロにわたり空にたなびいた、とも。「400年前の景色が現在に流れ込むビジョンが見えた。2人はここにいたんだ!と。イメージが爆発して、その夜から一気に書き進めました」

 恋愛感情なく

 物語の主人公である女性・うみは、広島で被爆した祖母をもつ高校の同級生・アミと成り行きに流されるように結婚する。恋愛感情を抱かない2人は「交配」した末、息子のアオを授かる。結婚後も恋愛は自由で、互いの名字すら忘れる始末。でも離婚はしない。奇妙な距離感を保つ男女の歩みが描かれる。

 「私たちは恋愛と結婚がイコールで結ばれる時代のただ中にいる。でも恋愛しない自由も人間は持っていていい。縛られない形で人と付き合おうとする女性像が自然と浮かんできた」

 タイトルは「永遠の」といった意の英語。友人の披露宴帰りに、六本木を散歩するうみとアミは気づけばタイムスリップするようにして、すすき野原を歩いている。個人の歩みと歴史的記憶が混ざり合い、物語の時空は広がる。「時間は過去から未来へリニア(直線的)に流れると思われがちだけれど、過去にならないまま現在に流れ込み偏在する時間がたくさんある。普段はそれを遮断しているだけだと感じるんです」

 超越するのは「時」だけではない。17歳になり奈良でアルバイト生活を送るアオの目の前で、雨が降りしきり、やがて若くして死んだ人々も逆さまに降ってくる。一見超現実的な描写から、人と自然という垣根を越えた「命の循環」の形がリアルに迫ってくる。

 「小さいころに見た、火葬場から上がる煙の記憶が今もある。思ったんですよね、あの煙は雲になり雨となって誰かの所へ降るんだなって…」。懐かしい記憶と、〈原子の総量は地球が誕生してから変わらない〉という後に得た知識が自然と響きあった。

 「この自分の体も原子にばらせば過去のいろんなものの名残でできている。そして命が絶えたら幾ばくかが何かに継承される、ということを繰り返して、世界は続いていく。その地球の運動が面白いなと感じる」

 夫の“断捨離”

 連載中の28年に同い年のデザイナーの男性と結婚。「夫の“断捨離”で家の書斎机がなくなっちゃって…。最近は喫茶店でよく書きます」。執筆中に自分の文章をよく口ずさむ。「のどが渇くから飲食費がかさむ」と笑うが、それが流麗な文章につながっているのかもしれない。

 「書けば書くほど分からないことが増えていく。話し言葉だけでは説明できない、小説という運動の中だけで可能になるものがあると思うんですよね」。その手ざわりに焦がれ、原稿に向かい続ける。

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【プロフィル】朝吹真理子

 あさぶき・まりこ 昭和59年、東京生まれ。慶応大大学院国文学専攻修士課程修了。デビュー作「流跡」で、平成22年にドゥマゴ文学賞を受賞。23年には「きことわ」で芥川賞を受けた。