【話の肖像画】歌手・俳優 ピーター(3) 性を超えた存在に反響 - 産経ニュース

【話の肖像画】歌手・俳優 ピーター(3) 性を超えた存在に反響

歌手・俳優のピーターさん(佐藤徳昭撮影)
 〈東京のクラブでダンスを披露するゴーゴーボーイをしていたとき、映画「薔薇(ばら)の葬列」(昭和44年、松本俊夫監督)の主役にスカウトされる〉
 東京に出てきて、全然知らない土地で何をしても自由だと思っていました。先しか見ていない。夢しかないんだもん。だから「映画やらない?」と言われて、「なんだか面白そう」くらいの軽い気持ちで了承しました。お化粧をして、髪の毛をブリーチ(脱色)して、おかっぱヘアにして、松本監督の言う通りにラブシーンをやったり、撮影の合間に映画の宣伝や雑誌の取材を受けたりしました。画面の中の自分は、自分ではないみたいでしたね。
 〈「薔薇の葬列」ではゲイバーの売れっ子「エディ」を演じた。「ビジュアル系」も「オネエ」という言葉もない時代、金髪に化粧の美少年には大きな反響があった。同年には「夜と朝のあいだに」で歌手デビューし、大ヒット。「第11回日本レコード大賞」で最優秀新人賞を受賞した〉
 考える間もなく、周囲の大人が決めていったんです。あの時代は(男性が美しく着飾る)ピーコック革命とか、(英ロック歌手の)デビッド・ボウイとか、男の方がきれいで当たり前という概念が出始めた時代。それで、女と男の間という意味も込めて、作詞家のなかにし礼さんが「夜と朝のあいだに」を書いてくださいました。ショートカットでかわいい女の子のような見た目なのに、低い声で歌うから「なんじゃこりゃあ」ってみんな驚いて、大ヒットしたんです。
 〈男女の性差を飛び越えてデビューしたことで、好奇の目にさらされることにもなった〉
 マネジャーが「トイレに入るところを見られるな。お前がどっちに入るか、みんなが興味津々だ」って。写真に撮られでもしたら、女性トイレでも男性トイレでも記事になる。「トイレに行くのを我慢しろ」とまで言われました。今なら理不尽だ、と思うけれど、その時はまだ若くて、大人が言うことには「はい、わかりました」と言うしかなかった。
 取材が嫌いになったのもこの頃です。ギリシャ神話の少年のイメージで売っていたのに、「女装」と記事に書かれた。スカートなんかはいてないんですよ。女言葉だって使っていないのに、取材後の記事には「あら、わたしって○○だわ」と書かれる。それが嫌だった。女っぽい顔で写真を撮っただけで、女装して女言葉を使うことにされてしまう。彼らの求めるイメージは、実際の私とは違いました。私は男も女も飛び越えたかったんです。
 〈その後、アイドル歌手として食事や睡眠すら満足に取れない多忙な日々を送る中で、強い閉塞(へいそく)感を覚え始める〉
 CMを何本もやって、昼は営業で「ピーターショー」というのを2回やって、夜は飛び込みでキャバレーに行って…と働き詰めの毎日で、20歳くらいから、このままで良いのかと考えはじめました。
 敷かれたレールが嫌で家を飛び出してきたのに、気づいたら、新しいレールに乗っているだけ。実力のなさを痛感していたから、「歌や芸事の勉強をさせてほしい」と願っても、スケジュールがびっしりでそれもできない。体を壊したこともあり、「これはさすがに潰される」と思って、52年に事務所を辞めました。米ニューヨークに行って、美容師になるつもりだったんです。25歳でした。(聞き手 三宅令)