【書評】法政大学名誉教授・川成洋が読む カロリナ・ランツコロンスカ著『独ソ占領下のポーランドに生きて』 国難に対峙した不退転の姿 - 産経ニュース

【書評】法政大学名誉教授・川成洋が読む カロリナ・ランツコロンスカ著『独ソ占領下のポーランドに生きて』 国難に対峙した不退転の姿

『独ソ占領下のポーランドに生きて 祖国の誇りを貫いた女性の抵抗の記録』カロリナ・ランツコロンスカ著
 □『独ソ占領下のポーランドに生きて 祖国の誇りを貫いた女性の抵抗の記録』
 自国が隣接する2つの軍事強国に突如、武力制圧されたらどう対峙(たいじ)すべきか。四方を海に囲まれるわが国では想像を絶する状況であったろう。
 1939年9月1日払暁、150万人のドイツ軍がポーランドに奇襲攻撃する。第二次世界大戦の勃発。17日、ソ連軍が侵攻し、27日、首都ワルシャワは降伏。その後、ポーランドで起きたナチス・ドイツのユダヤ人大量殺戮(さつりく)、ソ連軍によるカティンの森事件、ワルシャワ武装蜂起などはよく知られているが、占領軍に翻弄され続けたポーランドの人々の体験は、冷戦下で半世紀以上封印されてきた。
 その空白を埋めることになる本書の著者は数百年続く貴族の末裔(まつえい)で、イタリア美術史で博士号を取得、助教授資格を獲得したポーランド最初の女性である。戦争勃発後、ソ連占領下ルヴフで地下組織に入る。大学を追われ、「お尋ね者」の烙印(らくいん)を押されてドイツ総督府の首都クラクフへ。
 ここで、合法的な救援組織に加わり、刑務所の女性たちに食糧や衣類を支援する仕事につくが、42年5月、自らも逮捕され、処刑の危機に。
 見せしめのための処刑、毎朝毎晩の死体の搬出など、阿鼻(あび)叫喚の世界だったろう。ドイツが敗色濃厚となる44年末から45年5月にかけ、約7千人もの女囚がガス室に送られるのを目撃する。
 やがて終戦。だが、彼女が奪回しようとしたポーランドは、もはや「彼女の祖国」ではなかった。ヤルタ会談で英米ソの3巨頭はポーランド亡命政府の排除と東部ポーランドのソ連への割譲という密約をなしていたのだ。
 たしかにポーランドは、地政学上、たえず隣国の侵入にさらされてきた。その国難に際して、知識人、貴族、陸軍将校たちは常に先鋒(せんぽう)に立っていた。本書の著者を含めて彼らの不退転の姿勢を支えてきたのは何だったのだろうか。
 著者の場合、日常的な戦いが時としてカトリックの求道者的姿勢と重なり合う点も付言しておきたい。ともあれ命ぎりぎりの縁に立たされながら、果敢に生き抜いてきた著者のメッセージを直視したいものである。(カロリナ・ランツコロンスカ著、山田朋子訳/明石書店・5500円+税)
 評・川成洋(法政大学名誉教授)