【職人のこころ】高岡に受け継がれる加賀の伝統 - 産経ニュース

【職人のこころ】高岡に受け継がれる加賀の伝統

井戸理恵子さん
 今年4月高岡を訪れた。久しぶりの高岡だ。北陸新幹線も開通し、なんとも不思議な感覚。「新高岡」という高岡らしからぬ見知らぬ駅にあっという間に到着。しかしながら、一歩踏み込めばそこはやはり高岡だった。
 高岡という街は、加賀藩前田の殿様の息遣いがいまだに感じられる。近代的な新しい空気も漂っているが前田の殿様、利長に対する信仰にも似た意識がこの街の進化に「伝統」を紡いできた。風景は変わってもそこここに「伝統」が息づく。富山県にあっても富山市とは違う。土地の個性は風土が育む。高岡は違った。風土ではなく、明らかに人の意思によって培われてきた。
 高岡にすむ古い人々は、ここが「加賀藩」であったことを誇りに思っている。加賀藩二代当主前田利長という殿様が生涯を終えた地。明治の廃藩置県により富山になっても「加賀」であり、「高岡」という由緒ある街であることを忘れない。
 伝統を重んじる古き良き職人が大勢いる。利長が日本各地から集めてきた金工と漆芸を中心とした職人の系譜が息づく。それらの職人を核にしてまた別な技術をもつ人々が集まる。新たな技術が生み出される。時代が変わっても新幹線が開通しても、変わらない高岡がある。余所者(よそもの)にも変わらないという安心感が尊く感じられる。前田家の威光、職人の気合は若い人へも引き継がれていた。
 高岡が変わらずとも、世間は変わる、と彼らは知っている。殿様亡き現代、高岡だけで商売はできるわけがない。その中で知恵を絞りながら、伝統を守るためにすべきことを見極め、自らの技術を磨く。昔のように職人と施主との間を行き来し、技術のなんたるかを説明できる商人や問屋も少なくなった。その代わりを担う一つの手段はネットなのかもしれない。
 ネットによる情報は時間も距離も超えて、伝達してくれる。ネットに映し出される高岡の今の技術。しかし、もっと重要なのは職人同士の連携。確実なネットワークがなにより大切だ。高岡という地の、どこにどういった職人がいて、どのような技術があるのか。それぞれの技術を熟知し、信頼あるネットワークが不安を払拭する。職人の連携という形が高岡の大きな力になっているのだ。一人では、決して伝統を守ること、すなわち、高岡を守りきることはできない。職人が息づく街の未来を存続する知恵である。
 間も無く繰り広げられる高岡御車山祭。高岡で一番大きな祭りである。流石にその祭りには参加できない。古い知り合いの宮大工に誘われるように彼らが誇りとする技術が集結された山車を見に行くことになった。高岡御車山会館。テクノロジーを駆使した現代的な施設である。
 しかし、職人が示す矛先に映し出される過去から引き継がれる伝統の技。最新のテクノロジーなど全くかすんでしまう、そのすさまじいほどの山車の美しさ、迫力。その一つ一つが丁寧に説明される。格式高い山車が彼らのほとばしる言葉の先に喜びを放つ。その瞬間、この街の工芸技術の高さはまさに利長を祀る「信仰」と共に受け継がれていることを確信した。

 <プロフィール>
 井戸理恵子(いど・りえこ) 民俗情報工学研究家。1964年北海道北見市生まれ。國學院大学卒。多摩美術大学非常勤講師。ニッポン放送「魔法のラジオ」企画・監修。ゆきすきのくに代表として各種日本文化に関わるイベント開催。オーガニックカフェ「ゆきすきのくに」にて自然食を提供。二十数年来親交のある職人たちと古い技術を訪ねて歩く《職人出逢い旅》など15年以上に渡って実施中。気心しれた仲間との旅をみな楽しみにしてくれている。主な著書に「暦・しきたり・アエノコト 日本人が大切にしたいうつくしい暮らし」(かんき出版)、「こころもからだも整うしきたり十二か月」(同)、「日本人なら知っておきたい!カミサマを味方につける本」(PHP研究所)などがある。