にぎわう2つの〝聖地〟『斜陽』執筆、アニメのモデル 静岡県沼津市 安田屋旅館

老舗あり
太宰治が宿泊した部屋。現在も当時の佇まいを残している=静岡県沼津市内浦三津

 2つの“聖地”として人気を集める老舗旅館が西伊豆にある。沼津駅から車で30分ほど離れたところにある温泉旅館「安田屋旅館」だ。『走れメロス』や『人間失格』で知られる太宰治が晩年に発表し、ベストセラーとなった『斜陽』を執筆した場所として文学ファンに親しまれている。加えて、近年では人気アニメの舞台にもなり、大勢の若者が訪れ、にぎわいを見せている。

 安田屋旅館のある静岡県沼津市・内浦地区は駿河湾沿いの入り江にある港町。風光明媚(めいび)な景観に恵まれ、多くの旅館が立ち並ぶエリアだが、現代にあって、純和風のたたずまいが際立つ。

 かつて、漁港として栄えた同地区。同旅館は明治20年に商人向けの旅館として始まった。県道17号開通を機に「富士山が見える場所で宿を開きたい」と大正7年に現在の場所に移転。このとき建てられた「松棟」と昭和6年に増築された「月棟」は共に国の登録有形文化財になっている。

 太宰とわからず

 太宰が訪れたのは22年2月上旬ごろ、と記録が残る。松棟の2階に約半月にわたって滞在し、『斜陽』の1、2章を執筆。書き捨てた紙を大量に出したため、従業員の間で話題になっていたというが、本人は名乗っておらず、従業員は太宰とは分からなかったのだという。滞在中の太宰は夜になると、伊豆長岡(現伊豆の国市)の方まで出向いて酒をたしなんでいたと伝えられている。

 太宰だったと判明したのは23年に自殺した後のこと。新聞記者が旅館を訪ね、「ここに泊まっていましたよね」と聞かれて分かったのだという。

 4代目の安田和(かず)訓(のり)支配人(43)によると、太宰が泊まった部屋は最も富士山が近くに見える角部屋。旅館は平成9年に一部改修したが、太宰がいた当時の間取りなど、部屋の造りはほぼそのままとなっている。木のぬくもりが感じられる和室で、海側はガラス張り。部屋に足を踏み入れると、眼前に駿河湾が広がり、静かな波音が心地よく耳を刺激する。空気が澄んだ冬には駿河湾越しに富士山がはっきりと姿をあらわすといい、太宰が愛したのもうなずける。

 改修時に「伊豆の国文庫」と呼ばれる書庫を中庭に設け、太宰の作品のほか、ゆかりの品や当時の資料などが置かれている。

 若者の聖地にも

 近年は人気アニメ「ラブライブ!サンシャイン!!」の主人公の家のモデルになったことから、大勢の若い“聖地巡礼”客が訪れるように。海外のファンも多く、「夏休みがずっと続いているような状態」と安田支配人は喜ぶ。入り口を入って左側にはラブライブ関連のパネルやグッズの展示スペースを用意。常連客からは「宿が元気になってきたね」と喜ばれるという。

 幅広い世代に親しまれるようになった安田屋旅館。安田支配人は「また来たいと思ってもらえるよう、目いっぱいのおもてなしで、お迎えしたい」と意気込んでいる。(静岡支局 石原颯、写真も)