【老舗あり】神奈川県葉山町 日影茶屋 葉山とともに歩む名店 - 産経ニュース

【老舗あり】神奈川県葉山町 日影茶屋 葉山とともに歩む名店

江戸中期創業の日本料理店「日影茶屋」=神奈川県葉山町堀内
旅館の名残をとどめる日影茶屋の大広間
 かつては漁村だった神奈川・葉山の地は、温暖で風光明媚(めいび)な景観が人気を集め、明治期以降は別荘地として発展を遂げていく。江戸時代中期に創業の「日影茶屋」は、鎌倉から三浦半島に抜ける街道を行き交う旅人が憩う茶屋として、また現在は日本料理店として、相模湾をのぞむこの地を見守り続けている。歴史の舞台として小説や映画でも取り上げられ、多くの人々に親しまれている。
 事件の舞台にも
 葉山御用邸や「国内ヨット発祥の地」としても知られる神奈川県葉山町で「葉山ブランド」の代表格とされる名店が、日影茶屋だ。今では首都圏を中心として、商業施設に和洋菓子店やカフェなど約20店舗を展開しているが、本店は葉山マリーナ近くにある日本料理店だ。重厚なたたずまいの純和風建築で昭和9年に創建。平成23年に2階建ての旧客室棟と、石蔵が国登録有形文化財(建造物)に指定された。
 11代目当主の角田晋之助さん(34)によると、「昭和47年までは旅館業を営んでいた」という。当時は、富裕層の娯楽だった海水浴を楽しむ人々が宿泊する一方、鎌倉の神社仏閣を訪れる参拝客や僧侶などが骨を休め、芸者をあげることができる華やかな料理旅館としても繁盛したと旅行案内に紹介されている。
 日影茶屋を一躍有名にした出来事がある。大正5(1916)年、社会運動家で自由恋愛を唱えた大杉栄は妻のある身でありながら、日影茶屋で恋人と密会を重ね、嫉妬したもう一人の“恋人”である新聞記者の神近市子に刺された事件の舞台となったのだ。大杉は一命をとりとめたが、自由主義的な風潮が流行した大正期を象徴するスキャンダルで「日影茶屋事件」として、小説や映画にも繰り返し取り上げられた。
 「葉山を含む湘南一帯は、開放的で時代の空気を敏感に反映する土地柄。事件もそんな空気のもとで起きたのではないでしょうか」(角田さん)と語るように、日影茶屋にはその後も文人や名士、さらには皇室関係者も利用する名店として名をはせる。
 料理店で再出発
 マイカーブームの到来に伴う日帰り客の増加で、日影茶屋は昭和47年、旅館の役割に終止符を打ち、日本料理店として再出発を図ることになる。今では日影茶屋が旅館だったことを知る人は少ないが、会食などで使われる旧客室棟の大広間は17畳と14畳の座敷からなり、正面には丸太柱が据えられるなど、旅館として栄えた名残をとどめている。
 庭の池にかかる橋を渡った先には個室もあり、緑あふれる約1千坪の敷地には和の風情が満ちている。相模湾のとれたての魚介を中心にした会席料理のもてなしで知られる同店だが、箸の正しい使い方や刺し身の食べ方、椀(わん)の蓋の置き方などを学ぶ和食マナー講座も定期的に開催している。
 「マナーの一つ一つに意味があり、若い方々には新鮮な驚きもあるようだ。時代の変遷とともに日本料理の楽しみ方を味わえる店として、これからも継承していきたい」(同)と話している。(横浜総局 川上朝栄、写真も)