【話の肖像画】原子力規制委員会前委員長・田中俊一(5)「自分の言葉」で語れる子供を - 産経ニュース

【話の肖像画】原子力規制委員会前委員長・田中俊一(5)「自分の言葉」で語れる子供を

山荘の裏に流れる沢で=福島県飯舘村(鵜野光博撮影)
 〈月の半分を過ごす福島県飯舘(いいたて)村の山荘。裏には沢が流れ、引いた水でワサビが育っている〉
 去年の12月から村の住宅を借りています。家賃も払っています(笑)。飯舘村には大勢の有名人や専門家がおいでになりますが、来て言いたいことを言って、さっといなくなっちゃう。「あんたみたいに居を構えている人は初めてだ」ということで、それだけで村の人から信頼してもらえている感はありますね。5月には近くの神社のお祭りが7年ぶりに行われ、実行委員をやりました。何か特別なことをやるよりも、住民の中に入り込むことが、難しいけれど大事なんだと思います。
 〈学校での特別授業も期待されている〉
 子供たちに知識だけではなく、生きる力を身につけてほしい。科学でも歴史でもいいが、自分で関心を持って勉強していく。社会では自分でものを考え、何かをやることが求められますから。
 ここで生きていくには放射線に対する正しい知識を身につける必要がある。学校の先生とは、そういう授業を私の方で企画しようという話をしています。たとえば、自分たちが食べている物を持ってきて放射能を測ってみる。カリウムなら自分の体の中にもあるよとか、セシウム100ベクレルならどの程度の意味なのかとか、そういうことを考えさせたい。
 そのうち学校で野菜畑を作って、セシウムの挙動について実測するようなことも試してみたい。野菜のセシウムはどうなっているか、セシウムは土の中でどういう状態になっているのか、など学ぶことはたくさんあります。一流の専門家の協力も得て、そんな授業をやりたい。飯舘に住んでいて大丈夫? と問われても、自分の言葉で「大丈夫だよ、なぜなら…」と説明できる子供になってもらいたいと願っています。実際の体験学習を通じて、東京の人間よりはるかに優れた専門家が育ってくれるでしょう。
 〈除染作業で出た汚染土を詰め込んだフレコンバッグは、山荘の近くにも積まれている〉
 飯舘村だけで福島県の10%に当たる220万体のフレコンバッグがあります。それを村の長泥(ながどろ)行政区に運び込み、湿地帯の上にかぶせ、土壌改良して、良質の畑として再生させたい。環境省の提案に乗る形ですが、これはぜひとも成功させたい。長泥区の鴫原(しぎはら)良友(よしとも)区長とは、福島第1原発事故直後に除染で村に入った頃から連絡を取り合っています。
 〈原子力規制委員会委員長時代の5年間で、国会の委員会への出席は250回に及んだ〉
 激務だったといわれますが、そういう仕事との出会いもよかったんじゃないかと思っています。50歳を過ぎてからは、自らの選択ではなく、成り行きで与えられた仕事をするという人生を過ごしてきました。研究からはだんだん遠ざけられて、マネジメントみたいなことばかりになりましたが。
 飯舘村の復興アドバイザーの任期は2年で、その後は未定です。ある程度方向性が出たら、それ以上は村民に自分たちでやってもらうしかないでしょう。自分がずるずるやっても意味はない。私も年ですから。この間も、昔の仲間がここに集まって日中はバーベキューをやり、夜は酒とともにさまざまな意見を交わしました。皆さんが来てくれるうちはいいですよね。でも、そんな生活は2年かな、とも思います(笑)。(聞き手 鵜野光博)=次回は星稜高野球部元監督の山下智茂さん