大原美術館館長・高階秀爾(3) 街で生きた美術を学ぶ

話の肖像画
高階秀爾氏(三尾郁恵撮影)

 〈フランス留学中は、洋画家の里見勝蔵やモーリス・ド・ブラマンクら大物芸術家との交流に恵まれた〉

 ちょうど里見さんがパリ滞在中で、彼はブラマンクに師事していたのでアトリエに連れて行ってもらいました。パリ郊外の不便なところで、スクーターを持っていたので、後ろに里見さんを乗せてね。「野獣派」の画家として知られたブラマンクは非常に穏やかな人でした。通訳をしながら2人の会話を楽しみました。里見さんに頼まれて記したメモは、後で里見さんが文章にして新聞に掲載されました。

 〈同年代の芸術家との交流も活発になった。フランスで頭角を現した画家の今井俊満や堂本尚郎(ひさお)らと芸術論を戦わせた〉

 僕がパリ国際大学都市日本館に住んでいた頃、今井さんもいました。廊下に大きなキャンバスを置き、夜中に絵を描いていましたね。その後、今井さんを通じて堂本君とも知り合いました。彼は日展で特選を受賞し、パリで新しい美術の創造を志していた。2人は、フランスを中心としたヨーロッパで旋風を巻き起こした前衛芸術運動のアンフォルメル(非定形)に参加していました。

 彼らの影響で、アンフォルメルの個展を開いていたパリの有名な画廊にもよく行きました。大学では美術史の授業で過去の美術を勉強し、街では現代の美術を見て、生きた美術を学びました。ギャラリーを回り、個展の初日にはワインを飲みながら現代画家たちと交流しました。

 フランスの有名な美術評論家のミシェル・タピエとも知り合いました。1956年から翌年にかけて、彼が日本各地で開催した「アンフォルメル」展は、堂本君とともにお手伝いさせていただきました。その展覧会がきっかけで、日本でもアンフォルメル・ブームが起こりました。

 若いときにパリで新しい美術の潮流に触れ、多くの現代作家と交流し、生きた美術を見たことは大きな収穫です。それが現代美術の評論を行うことに結びついたと思うのです。

 〈美術史の研究のみならず、現在も若手美術家の個展に通い、優れた美術評論を書いている〉

 僕がパリ大学付属美術研究所で教えを受けたアンドレ・シャステル先生は、現代美術の評論もやっていました。フランス・アカデミズムの中ではやや特異な存在で、周囲からは「なんで美術史家が現代美術を?」と皮肉を言われながら、先生は当時大人気だった画家のベルナール・ビュフェの悪口を書いたりしていたのです。僕は先生を見ていて、美術史を学びながら現代作家の評論をしてもいいのだと思いました。

 僕は過去の美術の美術史学と現代美術の評論は別のものだとは思っていません。古いものは当時の現代美術です。つまり現代作家を評価するのと同じことです。現代に生きている作者なら、作品について実際に聞きながら評論できます。しかし17世紀のスペインで生きたディエゴ・ベラスケスには直接聞くことはできません。ですから、歴史的な当時の文献や画家の言葉を調べるわけです。

 作品はものを言わないですが、作品に語らせるのが美術史家です。作品を語ることは過去も現代も同じで、現代を生きるわれわれが歴史の証人になるのです。(聞き手 渋沢和彦)