【話の肖像画】映画監督ヤン・ヨンヒ(4) 北朝鮮体制下で我慢 家族は「お前はやりたいことやれ」 - 産経ニュース

【話の肖像画】映画監督ヤン・ヨンヒ(4) 北朝鮮体制下で我慢 家族は「お前はやりたいことやれ」

ヤン・ヨンヒさん(斎藤良雄撮影)
 〈映像の仕事に携わるきっかけとなったのは、平成6年の関西国際空港の開港だったという〉
 当時、関西ではアジアを紹介する番組が一気に増えました。劇団の公演を通じて知り合ったラジオ局のプロデューサーから、アジアの情報番組を始めるに当たり「しっかりしゃべれて、かつ何かアジアの言葉もできる人」を探していると声をかけてもらい、パーソナリティーの仕事が始まりました。
 番組を通じて現地取材なども行うようになりました。各国の人々の暮らしを知り、ドキュメンタリーにも関心を持つようになる中で、いつしか自分の重荷でもあった家庭環境を面白いと感じられるようになっていった。在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の活動に人生をささげた父、北朝鮮に渡った3人の兄。ドラマのない家庭なんてないけれど、“在日の縮図”ともいえるうちの家族は、客観的にみて「ネタの宝庫」だ。そう思うようになりました。
 〈自身の家族を題材にしたドキュメンタリー映画の制作を決意し、北朝鮮を訪問するたびに兄家族の姿をカメラに収めていった〉
 ビデオカメラを初めて目にして、兄の子供たちも珍しがって喜び、撮影はやりやすかったです。特に次兄は協力的だった。1人で撮影をしていると通報を受けることもあるが、兄がそれらしい格好で横にいてくれると、監視人が随行しているようにみえる(笑)。軍人を撮らないなどの決まりを守れば、屋外での撮影もそれほど困難はありませんでした。
 北朝鮮をどう報じるかということではなく、ただ兄たちの生活が知りたかった。向こうもそれを分かって協力してくれた。でも、家族以外の人々は、カメラを向けた途端に緊張で身を固くするのが分かりました。国を背負ってしまうから、そりゃあ「将軍様のおかげで…」などと言い出しますよ。
 逆にカメラがない場所では、人々は政治の話以外はとてもフランク。恋愛話とか「下ネタ」も問題ありません。政治から最も遠いところにあるからなんでしょうね。
 〈制作開始から約10年を経て平成17年、処女作「ディア・ピョンヤン」が韓国の釜山国際映画祭で上映されることが決まった。発表の前月、北朝鮮の兄たちを訪問した〉
 10年間、何度も同じ夢を見た。「頼むから映画発表をやめろ」。親族一同に懇願され、兄が包丁を手に追いかけてくるんです。うなされて目覚めるたび「それでも発表するのか」と自問自答しました。
 プライベートな家族の話でもあり、彼らに公表を拒まれれば目前に迫る上映も中止しなければいけない。迷惑をかけたくはないが、作品がどんな影響を与えるかは見通せません。兄たちに映画祭のことを伝える瞬間、初上映のときよりも緊張しました。
 でも、彼らは私が映画監督として韓国に行く、ということを心から喜んでくれました。私の家族は兄たちも朝鮮総連で活動する両親も、みんな北朝鮮の体制の中で言いたいことをかみ殺して生きてきた。兄に言われました。「俺らのために我慢することは、一切やめてくれ。家族の中でお前一人くらい、やりたいことをやれ」
 有名にならなければ。そう考えるようになりました。有名な監督であればこそ、下手に家族に手を出せなくなるはず。国際的に認知される監督になる。心に決めました。(聞き手 時吉達也)