【話の肖像画】政治評論家・屋山太郎(4) 土光臨調で国鉄改革訴える - 産経ニュース

【話の肖像画】政治評論家・屋山太郎(4) 土光臨調で国鉄改革訴える

正論大賞贈呈式であいさつ。傍らで花束を持つ鳩子夫人と =都内のホテル(大井田裕撮影)
 〈昭和56年3月に、行財政改革専門の審議会、第2次臨時行政調査会が発足する。経団連会長経験者の土光敏夫氏が会長を務める「土光臨調」。時事通信から推薦を受け最年少の48歳で参加する〉
 毎週火曜日、土光さんが僕らマスコミ出身のメンバーと丼物を食べながら意見交換した。平河町にあった消防会館は古いビルで、土光さんが「無駄をするな」と言うから暖房もなく、やたら寒かった思い出がある。僕がまず問題提起したのは、国鉄と自動車の車検だった。「国鉄は毎年2兆円の赤字で出血し続けている。労使は逆転しヤミ休暇など職場の規律は乱れている。正常化したい」と訴えた。
 〈ところが当時の国鉄の高木文雄総裁が記者会見で「臨調は現状を知らずに批判する」と発言した〉
 あのときは心底腹が立ったよ。各地の駅長や駅の助役に聞き、さらに詳しく調べ上げた。公共事業体では法律で禁じられていたスト権ストを打つだけでなく、超過時間にかかわらず一律8時間分の支給を受けるヤミ超勤、旅行会や海水浴など年間6日のヤミ休暇の取得など、ふざけた状態が分かった。労務担当が国労(国鉄労働組合)に押さえ込まれて文句が言えない状態になっていたからだった。
 〈調査した結果をまとめ、「文芸春秋」の57年4月号で「国鉄労使『国賊』論」を発表した〉
 すさまじい反響で、ワイドショーに出ずっぱりになった。これで国鉄民営化が進むと思ったら、あるとき「撃ち方やめだ」となった。理由を聞くと、国鉄は赤字で経営も悪いから民営化するというと、黒字の電電公社(現NTT)と専売公社(現日本たばこ産業、JT)の民営化が置き去りになるというんだ。土光臨調の委員で元日本陸軍参謀の瀬島龍三さんの入れ知恵だった。壮大な戦略だと感心した。
 〈国鉄の民営化は両公社から遅れること2年、62年だった。同年、時事に退社届を出した〉
 デスクなんかの管理職になったら運の尽きだと思っており、そんな人事は受けないと公言していた。
 中曽根康弘元首相は当時、日本は「西側同盟の一員」だと明確にし、それまでの内閣の等距離外交や全方位外交といった曖昧な外交を清算した。僕は、この中曽根外交の方針を理想的な流れだと考えていたが、毎日新聞や朝日新聞は違っていたらしい。そこで「諸君!」に「毎日新聞はプラウダか」という論評を書いた。異論を唱える時事の役員もいた。毎日は記事を配信するお得意さんなのに、というわけだ。言論は自由だから、この言い分は納得できない。反論はしたものの、記者としてやりたいことはやり、思い残すこともなかった。僕のプリンシプル(原則)は正義と潔さだ。卑怯(ひきょう)なことは許さないという精神もある。もっと自由に論評していきたいとフリーの政治評論家に転身した。
 記者時代からのモットーは、依頼された仕事は引き受ける、決めた締め切りは守る。なぜなら依頼する側は書けるだろうと思ったテーマを依頼してくる。背伸びしてでも書いているうちに筆力が上がり、人脈も広がると考えた。締め切り厳守も60年間崩したことはない。
 〈平成13年、正論大賞を受賞した〉
 編集者から「大兄はただ怒っていればいい」と言われるほど書きたいことを思うまま書き賞をくれるなんて、こんなうれしいことはなかった。褒められたことがなかったしなあ。(聞き手 佐々木美恵)