【話の肖像画】アーティスト・野老朝雄(5) エッシャーに敬意を込めて - 産経ニュース

【話の肖像画】アーティスト・野老朝雄(5) エッシャーに敬意を込めて

野老朝雄さん(宮川浩和撮影)
 〈オランダ生まれの奇想の版画家、マウリッツ・コルネリス・エッシャー(1898~1972年)の創作世界に、幼少期から大いに魅了されてきたという。上野の森美術館(東京都台東区)で開催中の「ミラクル エッシャー展」では、展覧会応援マークや特別な書体「エッシャーフォント」の作成を担当。同展オリジナルのグッズも手掛けた〉
 エッシャーとの出会いは小学校低学年の頃、親に連れられて出掛けた東京・西武美術館(当時)の「M・C・エッシャー展」でした。その日の夜は興奮して眠れず、それ以降も買ってもらった図録を毎晩見ながら寝ていたので、角が取れてボロボロになったほどです。
 それまでにもロシア出身の画家、ワシリー・カンジンスキーの抽象画を見て「自分でも描ける!」と子供らしい感想を抱いたり、洋画家の安井曽太郎の圧倒的なデッサンに「こんなふうに描けたら」と考えたりしたことはあったけれど、エッシャーの作品はまず、「無理」だと思った。まねできない、と。非常に緻密、しかもモノクロの世界だからか、製図を見ているような新鮮な感覚でした。細部まで表現し尽くされた不思議な建物とか、計算された反射のトリックにワクワクしたのを思い出します。
 〈その後、建築を学ぶことによってエッシャー作品への理解は深まっただろうか〉
 建築を学んだ人で、エッシャーを知らない人はいないでしょう。エッシャーに影響を与えた数学的な秩序や、彼の作品の背景にある幾何学的な構造を意識することはあります。ただ、僕はわりと建築を即物的にとらえているので、エッシャーが表す奇妙な建物はあくまでファンタジーとして、現実の建築とは切り離して楽しんでいますね。
 今回、エッシャーへのオマージュとして制作した展覧会応援マークは、彼のリトグラフ作品「ベルヴェデーレ(物見の塔)」の中で、ベンチに座る男が手にしている「ネッカーの立方体」(スイス出身の結晶学者、L・A・ネッカーが1832年に考案した錯視の立方体)をモチーフに、ロゴ化したものです。実際に手を動かしマークを作図していると、錯覚で目がグルグルしてしまい、僕自身がしばらくエッシャーの世界にとらわれていました。
 また、「エッシャーフォント」は個々の文字ではなく、言葉として配置され群になったときに錯視的なエッシャーの世界観が表現できるよう、意識して作りました。
 現在はインターネットで画像を目にしただけで、作品を見た気になってしまうことが多い。でも僕の幼少期には当然ネットはなかったから、展覧会は特殊な体験として強烈に記憶に刻まれている。
 「ミラクル エッシャー展」では、“ナマ”の版画を実際に鑑賞するだけでも貴重な経験になるでしょう。エッシャーならではの変な動物や植物など、細部をじっくり見るのもおすすめです。僕がエッシャーの世界に初めて触れて大興奮したように、初めて見る子供たちにとっても「こんな世界があるんだ」という一つの開眼につながれば、すてきだなと思います。(聞き手 黒沢綾子)
 =次回は政治評論家の屋山太郎さん