【話の肖像画】アーティスト・野老朝雄(2) エンブレムの藍は強い色 - 産経ニュース

【話の肖像画】アーティスト・野老朝雄(2) エンブレムの藍は強い色

2020年東京五輪・パラリンピックの公式エンブレムに「組市松紋」が選ばれ、会見では「誇りに思う」と語った野老朝雄さん =平成28年4月25日(春名中撮影)
 〈2年余り前の平成28年4月25日。2020年東京五輪・パラリンピックの公式エンブレムに自身の作品が選出され、大会の“象徴”として世界に発信された。一般公募1万4599点から絞られた最終候補4作品のうち、作品Aの「組市松紋(くみいちまつもん)」。エンブレムの選考については、一度は決まった作品が盗用疑惑などで白紙撤回される紆余(うよ)曲折があり、社会的にも高い関心を集めた〉
 発表当日は数時間前から作品A、B、C、Dの作者4人、用意された狭い控室で待機することになりました。緊張からか口の中がカラカラで、置かれていたお菓子に誰も手を付けないんですよ(笑)。
 僕の作品に決まったとき、間髪入れず、その場にいた全員が拍手してくれた。本当にありがたかった。その後も4人で仲良くさせてもらっています。
 会見ではもう、頭が真っ白で。「わが子のような作品です」と言ったのは、正直な気持ちからでした。今は自分の手を離れ、(作品が)遠くへ嫁に行ったような感覚ですね。
 〈藍(あい)一色のエンブレムは「粋」「和の伝統を感じる」と評価する声もあれば、「地味」という意見もあった〉
 確かに過去のエンブレムはカラフルなものが多い。でも白地に紺(藍)と、余計なものをそぎ落とすことで、粋の精神やわびさびなど、見えてくる景色がある。一色だから地味だとは思いません。
 アスリートが持つ持久力や瞬発力を、インクの色でも表したい、という意図もありました。黄色などに比べて、紺(藍)はポスターなどで使っても退色しにくい。「強い色」なんです。また、これは藍染めに携わる徳島県の若者たちと協働して知ったことですが、藍で2度3度と染めるうちに繊維はどんどん強くなる。その昔、武将らも藍を縁起の良い「勝ち色」として使ったそうです。
 高度経済成長期に開かれた前回の東京五輪(昭和39年)は、新幹線や高速道路などの交通インフラ、建築家の丹下健三さん設計の国立代々木競技場など、目に見えるレガシー(遺産)を数多く残しました。文化面でも、亀倉雄策さんのエンブレムはもちろん、施設や競技種目などを表すピクトグラム(視覚記号)を世界に先駆け提示するなど、素晴らしいデザインワークがあった。
 もちろん当時と2020年では状況が違う。でも後年、間違いなく比較されるでしょう。残るものとは何か。強いもの、美しいものは何か。自分なりの答えの一つが、この「組市松紋」でした。
 〈紋を構成する考え方自体は15年ほど前から温めてきたものだが、作品としてのエンブレムはコンピューターで試行錯誤し制作したという〉
 オリンピックとパラリンピック、ともに3つの異なる四角形を一定の角度で45個組み合わせたものですが、何万、何億通りと変幻自在に形を変えられる。一般にエンブレムは平面で動かないものと思われているけれど、組市松紋を(静止画像に動きや音を加えた)モーショングラフィックスや立体にすることも可能です。「伝統」だけでなく「革新」の部分も今後、見せることができたらうれしい。
 僕は幾何学に論拠を求め、そこに強さや美を見いだしてきました。たった3種の四角形で、美しく強いつながりを表現する。人間の知恵みたいなものを後世に示せたらと思います。(聞き手 黒沢綾子)