【話の肖像画】アーティスト・野老朝雄(1) 「つなげる」をライフワークに - 産経ニュース

【話の肖像画】アーティスト・野老朝雄(1) 「つなげる」をライフワークに

野老朝雄さん(宮川浩和撮影)
 〈「つなげる」をテーマに紋様を制作し、美術・建築・デザインの境界を超えて活動するアーティスト。2020年東京オリンピック・パラリンピック公式エンブレムの生みの親、と言った方がわかりやすいだろう。異なる3種の四角形を組み合わせた独自の市松紋様「組市松紋(くみいちまつもん)」には、国や文化、思想などの違いを超えてつながる「多様性と調和」のメッセージが込められている。そもそもなぜ「つなげること」を志したのだろうか〉
 きっかけは、2001年9月11日の米中枢同時テロです。世界の大きな断絶を見て、それがものすごくショックだった。日本にいるからといって対岸の火事とは思えず、絶望した。一方で、あきらめたくない、断絶に対してあらがいたい気持ちが急激にわき上がってきたんです。
 何もできないけれど、紙と鉛筆はある。建築を学んだのでコンパスや三角定規も身近にある。ピースマークのような、人をつなげる形を求めてひたすら手を動かすうちに、単純な幾何学を基にした紋様が次々に生まれてきた。1カ月で少なくとも300個は作りましたね。思えば、エンブレムの基になったアイデアも既にあったかな。
 〈言葉で通じ合うには限界がある。人間の意志だけでなく、幾何学など自然の原理に依拠した紋様の強さに、「つなげたい」という祈りを込めた。その思いはオリンピック・パラリンピックにもつながっていく〉
 エンブレムの紋は抽象形で、特定の意味はないけれど、「和(輪)をなす」とか「花」「ガッツポーズ」など、皆さんが自由に見立ててくれています。
 実は、今回のエンブレムを構成する45個の四角形は、それぞれ点でしかつながっておらず、互いに重なってはいない。「角が立つ」って言いますよね。かろうじて「和をなしている」状態なんです。
 今後、世界の断絶がなくなることはないでしょう。未来に対してポジティブにはなれない。それどころか、インターネットの普及によって断絶はますます深まり、拡大している。クリスチャンかムスリムか、右か左か、原発に反対か賛成か…などと二元論でとらえる風潮が強まっていますが、本来そんな単純に割り切るなどできない。
 3種の四角形でエンブレムを構成したのは、「3」という数字が民主主義の基本-多数決ができる最少の数-だからです。あなたと私とそれ以外も、きちんと認めてから始めましょう、という意味を込めて。
 世界には多様で相いれない関係性もあるけれど、スポーツを愛する、スポーツマンを敬う気持ちは一緒だと思います。普段はいがみ合っていても、その短期間だけは共に応援し、祝い合う。人がつくった営みの中でも、オリンピックとパラリンピックはそれができる数少ないお祭りだと思うから。(聞き手 黒沢綾子)
【プロフィル】野老朝雄
 ところ・あさお 昭和44年、東京都生まれ。東京造形大デザイン学科建築専攻を卒業後、英国に留学。建築家で美術家の江頭慎さんに師事した。幾何学原理に基づいた、紋様や立体物の制作などで知られる。主な作品に大名古屋ビルヂング(名古屋市)のファサードガラスパターン、2020年東京オリンピック・パラリンピックエンブレム、大手町パークビルディング(東京)のための屋外彫刻作品など。東大や筑波大で非常勤講師も務める。