ノンフィクション作家・沖藤典子(5) 今も女性がからめとられている

話の肖像画
沖藤典子さん (寺河内美奈撮影)

 〈夫の就職で北海道から東京に、転勤で札幌に戻り、また転勤で東京-。昭和57年、やっと落ち着いて一家4人の生活が始まった〉

 評論家の樋口恵子さんをご紹介いただき、「高齢化社会(現高齢社会)をよくする女性の会」の活動をしたり、ホスピスの取材をしたりと、新しい世界に出合いました。2人の娘もそれぞれに仕事と家族を得、家から巣立っていきました。

 平成12年に介護保険が法施行されたのはうれしかったですね。父の介護で、収入ではなく症状の程度で福祉を受けられればと切に願っていましたから。いろいろ活動してきて、要介護度に応じて、権利として福祉サービスを受けられる制度ができたことは達成感がありました。

 〈公的・地域の活動で忙しくする毎日。そんななか、平成26年、夫が病に倒れた〉

 介護自体は介護保険のサービスを目いっぱい活用して疲れることはありませんでした。それより疲れたのは周囲からの言葉でした。制度が良くなっても、意識はすぐには変わりません。

 何人かの知人女性からは「あなたが働いているから旦那さんが病気になったのよ」と言われました。地方に1泊で講演に行ったときは、私が夫の介護中と知ると、担当の女性が「旦那さんのパジャマや明日の朝食はどうするのか」と詰問してきました。医療療養型の病院に入院中だと説明しているのに。よく、介護をしている人には「気晴らしして」と声をかけましょうと聞きますが、本当に気晴らしすると、こんなことを言われるんです。

 言ってくるのは女性が多かったですね。女性たちの胸には今も良妻意識がしみついています。病気の夫がいれば、家から離れず介護する。その良妻のラインから外れている人がいれば、強烈にバッシングする面が女性の中にはあるんです。ずっと女性の生き方を書き、男性の無理解・無協力を嘆いてきましたが、旧態依然とした意識にからめとられているのは男性だけでなく、女性もそうなのだとまざまざと知りました。

 〈夫は介護生活中に心不全で急死した。今は神奈川の家に1人で暮らす〉

 これから? 小学校教員だった祖父の人生を執筆中です。それから、今って「無縁」でしょう。結婚していなかったり、子供がいなかったり、近しい人も死んでしまったり。そんな「中流無縁」の人がどう終わりのときを迎えるかを書きたいな、と構想しています。

 今は人生100年時代でしょう。自分が間もなく80歳ということにびっくりしているんだけど、悩ましい。あと20年、計画しなくちゃいけないから。20年の基礎は「金力、筋力、食力、友力」だと思ってるんですよ。筋力のためにはスポーツジムにも通っています。自分はこの家に住み続けたいです。コンクリートの建物がダメなので。

 今、頭を悩ませているのは、夫の墓をどうするか。夫が結婚で私の姓に変えてくれたことは、結婚生活に大きな影響を与えました。だからといって養子ではない。沖藤の墓に入れていいのか、夫の墓をつくるべきか、樹木葬か-。今も納骨できずにリビングに置いているんです。娘と相談しないと。(聞き手 小川記代子)

 =次回は元サッカー日本代表の釜本邦茂さん