スポーツキャスター・女優 大林素子(1)「日本一グロテスクな女優」の意味

話の肖像画
(萩原悠久人撮影)

 〈いつの間にか、17年間続けたバレーボールの選手生活よりも芸能の世界が長くなった。スポーツキャスター、女優、タレント…。それは「自分」という存在を冷徹に見つめ、ピンチをチャンスに、コンプレックスを武器に変えながら、“本当にやりたいこと”への階段を上ってゆく日々だった〉

 29歳で現役を引退し、すぐにこの世界へ入りました。ちょうど、サッカーの武田修宏(のぶひろ)さん(51)や体操の池谷幸雄さん(47)たちアスリートがテレビのバラエティー番組などへ、どんどん出始めたころ。それまではバラエティーに出るなんてとんでもない、「テレビに出るヒマがあるのなら体を休めろ」と言われていた時代でしたからね。

 芸能の世界へ入って一番、とまどったのは「勝ち負け」がはっきりしないということかな。私の現役時代は、とにかくオリンピックで金メダルをとることしか考えなかった。勝者は常に1人(1チーム)だけで、それ以外は2位もビリも一緒、「負け」なんですよ。でもこの世界ではそうじゃない。価値の定義が百八十度違うんです。歌や芝居がうまいからといって、売れたり、賞をとれたりするとはかぎらない。かと思えば、昨日まで素人だった人がいきなり人気者になることもあるわけです。そうしたことへの葛藤や戸惑いは今でもありますね。

 〈芝居や歌で創造者・表現者となることを夢に描いてきた。だが、道は簡単ではない。なかなかオファーがなく、自分から演出家などへ手紙を書いたりしてアプローチし続けた。平成22年、世界的な演出家、蜷川幸雄(28年、80歳で死去)の舞台(「ファウストの悲劇」)に初めて上がることがかなう〉

 周りは金メダル級のすごい人ばかり、いきなり世界選抜の中に入ったようでしたね。蜷川さんの舞台は、初日の稽古が「本番初日」と同じなんです。共演者全員のセリフが頭に入っているし、衣装も音響もセットもでき上がっているのが当たり前。準備ができない人は「その場」にいられない。すごさに驚いたし、すばらしい経験でした。

 〈蜷川作品には3作出演。「盲導犬-澁澤龍彦『犬狼都市』より-」(25年)のときに「日本一、グロテスクな女優に」とアドバイスされた〉

 ショック? とんでもない、うれしかったし、ありがたいと思いました。だって、何にも(期待して)ない人には言わないでしょ。蜷川さんが見てくださった。それも“日本一の”ですよ。私のように背が高い(184センチ)女優はフツーとは見られない、それを理由に役がつかないことも多かった。そこを逆に「武器にしろ」と。でも蜷川さんがいう「グロテスク」は見た目じゃなくて表現だと思う。とても深いんです。内面の変化やテンポ、言い回し…。“技術を持ったグロテスク”というのかな。その意味を考え続けています。一生たどり着けないかもしれませんが。(聞き手 喜多由浩)

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【プロフィル】大林素子

 おおばやし・もとこ 昭和42年、東京都生まれ。中学1年生でバレーボールを始め、八王子実践高校在学中に全日本代表に。日立に入団し、ソウル、バルセロナ、アトランタ五輪に出場、エースとして活躍した。平成9年の現役引退後はスポーツキャスター、女優として活動。スポーツ選手の社会貢献活動を推進する「HEROs」(日本財団主催)のアンバサダー、会津若松市観光大使なども務めている。10年目を迎える舞台「MOTHER」は9月から順次全国で公演。