【話の肖像画】作家・古井由吉(5)文学が栄えなかった時代ない - 産経ニュース

【話の肖像画】作家・古井由吉(5)文学が栄えなかった時代ない

(早坂洋祐撮影)
 〈平成12年秋、後輩の作家らに呼びかけ、東京・新宿の酒場「風花」で作品の朗読会を始めた。自身が毎回ホスト役と前座を務め、1人、2人のゲストを招く方式。定期的に開かれ、22年まで続いた〉
 以前は文士の多くが東京の狭い範囲に暮らしていたわけですよ。今はみんなそれぞれ遠いところに住んでいる。そのこともあって、いわゆる「文壇」というのがなくなってきた。集まって相互の雰囲気を感じ取れるだけでも何か違うでしょ。だから集まる癖をつけたほうがいい、という気持ちがあったんです。若い書き手を招けば、若い読者も来ますしね。
 確か2回目の朗読会が、世話になった編集者の通夜と重なったんですよ。通夜の席から前座にはどうしても間に合わない。前もって電話して「先にやっていてくれ!」って言っておいた。遅れて駆けつけ、外から店の中をのぞいて驚きましたよ。ゲスト役の島田雅彦さんがレストランのコックの格好をして自作を読んでいる。コックの本格的な帽子までかぶってるんですよ。そう広くない酒場を埋め尽くした人々が、みんなそのパフォーマンスにひきつけられている感じでした。ふと自分を見ると喪服姿。「にぎやかな会にこれはまずい」。店で黒いネクタイをすぐに取ったのを覚えています。
 10年間でたくさんの若い人が来てくれました。自作を朗読していると、聞き手はすぐ目の前にいる。その顔を見れば、自分の作品への感想も大体分かってしまう。だから読む方は大変だったと思いますよ。ただ、自分の作品を実際に声に出して読むことで感じ取れることも多い。意味も大事だけれど、音律というのもやっぱり文学の生命なんだという思いが僕にはある。音律が狂ってくるとね、言葉も切れ切れになって、壊れていくんですよ。
 〈23年の東日本大震災は、幼少の頃の空襲の記憶を呼び起こした。同年刊の連作短編集「蜩(ひぐらし)の声」にも震災時の心象風景は投影されている〉
 空から来るか、下から突き上げてくるか。その違いはあるけれど、全面的にやられてしまう点では、幼少のころに体験した空襲も、あの大震災も同じですよね。結局、戦後の長い平穏によって、人の心の中で何か緩むものがあった。つまり人間は危機のなかで生きるほかない、ということを忘れてしまったんですね。人は自分の自由にならない圧倒的な力に囲まれていて、今安心して過ごしているこの日常もそれほど確かなものではない-。そういうことを僕は小説で書いてきたところがある。
 〈出版不況下で文芸書の販売は振るわないが、文学の力を悲観はしていない〉
 まず街の本屋がなくなってきているし残った大書店でも、実用書の棚が増えている。硬い専門書や文芸書は苦しい。でも実用書っていうのは一面的で、意外に役に立たないんじゃないかな。世界には、政治や経済だけでなく、やっぱり文学が必要なんですよ。「どうやって生きるか」とか「どんな生き心地を求めるのか」とか、人にはそういう心の問題があるんでね。ヨーロッパや中国の長い歴史を見ても、文学が栄えなかった時代はない。むしろ世の中が悪いときに栄えるようなところがある。
 5年先か、10年先か、それとも20年先になるかは分からないけれど、そういう文学の復活はあると、僕はにらんでいます。(聞き手 海老沢類)
 =次回はスポーツキャスター・女優の大林素子さん