【話の肖像画】作家・古井由吉(4)循環する時間のありよう描く - 産経ニュース

【話の肖像画】作家・古井由吉(4)循環する時間のありよう描く

 〈自らを含む同時代の一群の作家は「内向の世代」と呼ばれた。昭和52年に「内向の世代」の後藤明生さんや坂上弘さんらと同人誌「文体」を創刊。中年男と女性たちのエロスの光景を描く「槿(あさがお)」で58年に谷崎潤一郎賞も受けた。現在と過去の記憶を往還する作品世界は深みと広がりを増していく〉
 「内向の世代」という呼び方も変なものでね。「外と戦わない」ってことでしょ。でもね、内面に潜むものを突き詰めていけば、外に開くものがあるんです。個別の人間を超え、過去の歴史といったものへ広がっていく。同人誌「文体」では慣れない編集作業もやりましたよ。今、小説(という表現形式)が可能なのかという疑い、そして存続が可能ならばそれをリレーする、という思いがあった。
 そのころの連作(「聖」「栖(すみか)」)では、もはや関係が永続しない現代の男女の、夫婦、家庭の成り立ちを漠と表そうとした。「シングル」という言葉があり、1人で生きようとする若い人が出てきた時代です。その気持ちは分かるけれど、それでは人類は続かない。破綻もある中で家をつくり生きるのが人間の運命であり、伝統でもあったんですよね。
 そういうふうに現在の中に過去を見る意識はずっとあります。街中の風景が3、4年前と全く違っていて面影が感じ取れないことがあるでしょ。記憶はおぼろになるし、ましてや未来を見通すのも難しい。すると人は「現在へ、現在へ」と閉じ込められる。だからせめてこの現在に時間の広がりがほしい、と過去を深いところから呼び覚ます。過去から未来へという直線ではなく、融通無碍(むげ)に循環する時間のありようを描かなければ、近代小説は行き詰まってしまうのではないか、とも思うのです。
 〈61年には芥川賞選考委員に就任。昭和の終わりやバブル崩壊などで揺れる世相の中、平成17年までの19年間、選考の重責を担った〉
 僕が芥川賞選考の末席に加わったときは(「第三の新人」と呼ばれた)吉行淳之介さん、安岡章太郎さん、遠藤周作さんたちが長く選考に携わっていました。僕よりはだいぶ年上。当時は48歳で「こんなに若い自分でいいのか」と思ったけれど、こわばらず、人の意見をよく聞く、という心構えで臨んだのを覚えています。ただ、僕はジャッジではなくスカウト。作品の欠点には目をつぶり「コントロールは悪いけれど球が速い」といった感じで評価した。全員が反対するなかで僕だけ推した候補もいました。
 言葉なんて無用、というシグナルが色濃く出た時代です。同じ選考委員の開高健さんがあるとき、今時才能のある若い者で文学の方に来る者なんているのか-といった趣旨のことを言ったんですよ。むしろ音楽や演劇を志すのじゃないかと。
 ところがしばらくしてバブルの頃からかな、音楽や演劇の分野でもシステムがうまく回らなくなったのか、そちらから来る若い人が増えた。その極致が、音楽から来た町田康(こう)さん(12年上期に「きれぎれ」で受賞)でしょ。19年間の選考で、文学が外側に拡散していくのを感じました。
 選考委員を辞めてからですね、自分自身もすべての文学賞の候補を辞退することにしたんです。小説と随想の中間をいくような自分の小説はあくまで細々と書いているもので、大きな栄誉はふさわしくないと。そんなものもらっていたら書けなくなるという気持ちが大きかった。(聞き手 海老沢類)