【話の肖像画】ミュージシャン・小室等(5)「その日の自分」表現したい - 産経ニュース

【話の肖像画】ミュージシャン・小室等(5)「その日の自分」表現したい

(飯田英男撮影)
 〈近年は社会貢献活動にも意欲的に取り組む。福祉施設「近江学園」(滋賀県湖南市)などを創設した糸賀一雄さんの名を冠した「糸賀一雄記念賞音楽祭」の総合プロデュースを担当。障害者たちとアーティストたちが一緒に行う活動を取り仕切る〉
 最初は、鑑賞に堪えうる表現になるだろうかと不安でした。でも、このイベントに参加することで、今までとは違う世界が見えるようになったんです。
 たとえば、障害のある人たちとプロのダンサーが一緒に踊るワークショップがありました。普段は車いすで生活している女性がステージでは車いすを降りることになったんです。彼女が自分の肉体を精いっぱいに使いながら一生懸命に動いていたのが印象に残っています。彼女がステージの袖から出てくるとき、「私を見て」というような明るい表情を客席に向けていました。彼女の本当に楽しそうな姿が実に印象的でした。
 障害者に関わり続けることで、私自身にも変化がありました。今年4月に東京でライブを行ったのですが、その日の朝から、のどが腫れてほとんど声が出なくなってしまった。これほど出なくなったのは初めての経験でした。こんな状態でライブをするなんてありえない。かつての僕だったら謝罪して公演をキャンセルしたと思うんです。
 でもそのとき、今の状態で自分がどんなパフォーマンスができるのかを発見してみたい、と思えるようになっていたんです。その発見を楽しんでいる僕を表現できれば、観客の方たちも面白がってくれるはずだという気持ちを持てるようになりました。
 〈この日のステージでは音程に寄り添える部分は歌い、無理なときは、歌詞を語りながら曲を仕上げた。バンドのメンバーたちも小室の声を来場者に届けようと、メリハリの利いた演奏を披露した〉
 そのパフォーマンスが全ての聴衆に認めてもらえるかは分からなかった。だから「公演が気に入らなかった方にはチケット代を返します」という内容のアナウンスをしました。でも返金を求める方は一人もいなかった。それどころか「いつも以上にきょうは言葉が耳に入ってきました」と言ってくださるお客さんもいました。いつもは無意識に流して歌ってしまっているようなところも、その日は流せない。思いをしっかりと乗せられたのかもしれません。
 〈6月6日には東京都中野区のポレポレ坐(ざ)でライブを開催。6月30日には愛知県豊橋市のジャズバー「Coty(コティ)」で、ミュージシャンの佐久間順平さんとステージに立つ〉
 どんな状態でも、その日の自分を表現できることが今の僕にとっては大事なことだと実感しています。そう思うのは自分の残りの人生はもうそんなに長くはないと現実的に感じているからでもあるのでしょう。そんなことを思いながら、今は自分の音楽活動を展開しています。
 最近の音楽は、リズムありきの曲が少なくありません。リズムに当てはまるように言葉を乗せるので、一つの単語すらも切り刻んでしまう。でも、僕は言葉の語感を大事にしながら、歌のメッセージを届けていきたいと思っています。何しろ僕の音楽活動の源流は、自分の思いを歌に託して人々に訴えるフォークソングにあるのですからね。(聞き手 竹中文)=次回は作家の古井由吉さん