【平成30年史 デジタルが変えた文化(5)】ファッション(上)終焉告げたカリスマの時代 - 産経ニュース

【平成30年史 デジタルが変えた文化(5)】ファッション(上)終焉告げたカリスマの時代

女性ファッション誌の発行部数の推移
 平成の初め頃、ストレートの長い髪にウエストを細く絞った「ワンレン・ボディコン」を、多くの人が取り入れていた。女優の浅野ゆう子(57)、浅野温子(57)は「W浅野」と呼ばれるファッションリーダーだった。バブル崩壊後には、アーティストの安室奈美恵(40)の影響で、厚底ブーツに細い眉を描く「アムラー」ブームが起きた。東京・渋谷のセンター街には似たような服装の女性があふれ、安室が好んで着ていた「バーバリー・ブルーレーベル」が若い女性の間で支持を高めた。
 昭和から平成のある時期まで、ファッション界のトレンドは、限られた人たちが作り出すものだった。しかし、圧倒的な人気を誇る誰かや何かは、平成が終わろうとしている今、もうファッション界には存在しない。インターネットとスマートフォンが全てを変えた。
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 「雑誌に載った服がすぐに買えるようにしましょう」。平成11年11月、大手商社の伊藤忠商事で働いていた井上直也(53)=オンライン婦人服通販大手「マガシーク」社長=は、上司に新企画の資料を差し出した。「ネットの時代が来るのは間違いありません」と「出版社、メーカーと提携してネットで服を販売する」ことの利点を熱っぽく訴えた。
 電子商取引が急速に一般化していた。ファッション好きの井上は、ネットオークションで自分の服を販売していた。そんなとき、妻が読む女性ファッション誌が目に留まって、雑誌とネットを連動させることを思いついたという。
 翌12年、小学館の女性ファッション誌「CanCam(キャンキャン)」「Oggi(オッジ)」と提携し、社内事業として通販サイト「マガシーク」をオープン。狙いは当たった。
 「4万円もするジャケットが雑誌の発売直後に完売。予約販売を始めたら、300枚が一晩で売れた。モデルの影響はすごかった」
 着用モデルは、オッジで絶大な人気を誇った長谷川理恵(44)、あるいはキャンキャンの蛯原友里(38)や押切もえ(38)ら。消費者が雑誌を通じて通勤服やアフター5の服を選ぶライフスタイルは健在だった。「ネット通販」は購入の手間を省くもので、雑誌モデルは依然としてファッションのカリスマに君臨していた。
 しかし、雑誌の地位も安泰ではなかった。着こなしの“教科書”だった女性ファッション誌の発行部数は17年をピークに減少に転じる。出版科学研究所の推計によると、10年には1億6042万冊だったのが、28年には8587万冊とほぼ半分に。
 30年以上、女性誌の変遷を見続けた講談社「with(ウィズ)」の元編集長、横川裕史(58)は「かつては雑誌が火をつけて爆発的なブームを生んだ。今は小さなブームにしかならず、流行や派閥がどんどん細分化している」と指摘。「女性誌はもはやマスメディアではなく、単なる一メディア。熱心なファンと密にコミュニケーションを取りながら、独自の世界観を提案する媒体だ」と語る。
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 スマホがあればファッション情報は何でも即時に得ることができる。画像も動画も豊富だ。自分のなりたい姿を探せばいい。自分だけの理想像もクリック一つでイメージできる。
 マガシークは24年、大きな方向転換を試みた。目指したのは「あなたのためのセレクトショップ」だ。雑誌との連動を大幅に縮小。トップページには、ユーザーの閲覧記録から、個人の好みに合いそうな商品を表示するようになった。
 少数のカリスマがいた時代は終わりを告げた。代わって表舞台に登場したのは、おしゃれが好きなごく普通の女性たちだった。(敬称略)