【平成30年史 デジタルが変えた文化(1)】全てはポケベルから デジタル化が生む「SNSムラ社会」 - 産経ニュース

【平成30年史 デジタルが変えた文化(1)】全てはポケベルから デジタル化が生む「SNSムラ社会」

ポケベルからスマホへの変遷
 「お父さん、これ何?」
 東京テレメッセージでポケットベルの運用保守を手がけている技術者の衛藤純治(48)は数年前、小学生の娘にそう聞かれて虚をつかれる思いがしたという。
 娘が指さしていたのは、自身が長年“商売道具”にしているポケベル端末。「どうもキッチンタイマーか何かだと思ったらしくて。昔の携帯電話みたいなものだよ、と説明しましたが、あまり腑(ふ)に落ちなかったようです」と衛藤は苦笑する。
 受信専用で数字や文字しか表示されないポケベルは現在のスマートフォンと比べるとあまりにも素朴な機械だ。しかし平成初期には多くの若者が飛びついた最先端の情報端末だった。
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 ポケベルのサービスが始まったのは昭和43年。当初は呼び出し音が鳴るだけの機能でもっぱらビジネス用だったが、62年に数字や記号の表示機能が追加されたことをきっかけに個人向けに普及し始める。
 現在、国内唯一のポケベル事業者である東京テレメッセージ社長の清野英俊(63)によると、テレビドラマ「ポケベルが鳴らなくて」が放映された平成5年ごろからブームが過熱し、ピークの8年には契約数が1078万に達した。
 女子高生を中心に、数字の語呂合わせで「0840(おはよう)」「14106(愛してる)」のようなメッセージを送る遊びが流行した。「02 428 240(待つ、渋谷、西口)」など暗号さながらのものまで。学校内の公衆電話に行列ができて、友人や恋人にメッセージを送る姿があちこちで見られた。
 画期的だったのは、家単位で設置されていたそれまでの電話では困難だった、個人同士の即時コミュニケーションが可能になったことだ。ポケベルを通じて友人や恋人と連絡を取り、時には会ったこともない知人も「ベル友」としてつながった。必要な連絡事項だけでなく、たわいない日常会話を送り合う。その変化は平成時代のコミュニケーションの源流となった。
 ポケベル自体はPHSや携帯電話の本格的普及に伴って急速に所持数を減らすが、個人間のデジタルコミュニケーションは、9年に始まった携帯電話のショートメッセージサービス、11年開始のNTTドコモの「iモード」など、さまざまに形を変えて進化していく。
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 現在、個人間デジタルコミュニケーションの代表的ツールとなっているのが、23年にサービスを開始し、昨年7月時点で国内7千万人以上の利用者を抱えるスマホ向けアプリ「LINE」だ。
 運営するLINE株式会社は「ツイッターやフェイスブックのような『新たな出会い』を主眼としたセミオープン型SNSよりも、身近な友人や家族、同僚など『大切な人とのコミュニケーション』をサポートするようなクローズド型SNSが求められていると判断した」とサービスを開始した背景を明かす。
 メールなど従来型のデジタルコミュニケーションと比べると、LINEの際だった特徴は、用意された絵を送受信して自分の感情を伝える「スタンプ」機能にある。同社は、携帯で発展した絵文字を拡大するという発想を元に「よりカジュアルに、インスタントに、そして言葉では伝えることが難しい微妙な感情を表現できる方法」とスタンプを位置づけている。もはや文章も必要なくなり、フレーズ単位のコミュニケーションも当たり前となった。
 ポケベルからLINEへ。二十数年のコミュニケーションの変化は、何を変えたのだろうか。
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 情報の肥大化、閉じた人間関係
 社外あてのメールには最初にあて名を書き、次にあいさつと名乗りを。メールの横幅が長くなり過ぎると読みづらいため、30~35文字程度で折り返すこと…。
 損害保険大手の三井住友海上火災保険は、4月に行う新入社員研修の一環として電子メールの書き方を基本から教えている。メールソフトの基本機能の解説をはじめ、ビジネスでの敬語の使い方、主語と述語をきちんと対応させる文章表現指導など、微に入り細をうがった内容だ。
 同社が講習を始めたのは5年ほど前から。昨年度の研修を担当した人事部能力開発チーム主任(当時)の佐藤絢(34)は、研修を行う理由について「一言でいえば、時代の流れ。(スマホがあるので)今は自分のパソコンを持っていない学生も少なくない。LINEを用いた気軽なやりとりがスタンダードになっており、比較的長くフォーマルな文章を書くことが年を追うごとに苦手になっている」と明かす。指導中によく見かける間違いとしては、書き言葉の中にくだけた話し言葉が交じる傾向があるという。
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 書き言葉と話し言葉の融合は、デジタルコミュニケーションの特徴といえるかもしれない。約15年前から携帯メールと若い世代の言語表現の変化の関係を研究してきた社会言語学者で東洋大教授の三宅和子は、こう指摘する。
 「以前の携帯メールの場合は、一応はある程度意味のある一続きの文を送らないといけなかった。それが最近のLINEなどでのコミュニケーションを見るとフレーズ単位になって、より会話に近くなってきている」
 大学生の論述テストの答案などでも、ここ1、2年は特に箇条書きが増えた。接続詞を使って長文を作る能力が落ちているという。
 ただ、書き言葉での長文作成が苦手になってきている一方で、広い意味での語彙にあたる「言語資源」という観点では以前の世代より豊かになっており、単純に日本語力が落ちたとはいえない、と三宅は補足する。えせ関西弁をはじめとしたえせ方言、多種多様なネット用語、絵文字、スタンプ…。「それを私たち古い世代にはないリズムで自在に使っている。スマホを持ち歩くことで、いつでもどこでも自分の表現を伝える相手がいる」
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 物心がついたときからパソコンやスマホに親しんでいるデジタルネーティブ世代。言葉が変化した背景を探ると、人間関係の変化がみえてくる。
 「情報量が増えれば増えるほど、選ぶのが大変になってくる。だから多くの人はフィルターをかけて情報を減らし、限られた世界の中で人間関係を結ぶ」
 平成期を通しての社会的価値観の変化を研究する文教大准教授の酒井信(40)は、スマホ普及による情報量の膨大化が、若い世代のコミュニケーションや人間関係を一変させたと位置づけている。選択肢が多すぎるために選べなくなる事態が生じているというのだ。
 「ネットを通じて、本来はコミュニケーションがグローバルに広がる可能性を持っているのに、逆に各個人がどんどん閉じた環境に取り巻かれるようになった」
 最近の若者の気質を指す言葉として「草食系男子」や「マイルドヤンキー」などが話題になったが、そこにもデジタル化によるコミュニケーションの変化が影響していると別の専門家は指摘する。
 マーケティングの視点から若者を分析する博報堂ブランドデザイン若者研究所リーダーの原田曜平(41)は、「やさしい子が増えた。一度SNSでつながったら進学や就職を経てもずっと途切れないわけだから、人間関係数自体は過去最高だろう。以前の世代に比べて常に多様な人たちの生の声に接しており、共感力が高い」と分析する。
 原田はデジタルネーティブを、手の届く範囲を重視し、身の丈に合わない消費などに走らない現実的な世代と位置づける。そこにはマイナスの面もあるという。「関係が薄い人も含めてあまりにつながり過ぎているので、“SNSムラ社会”のようなものが生じている。出るくいは打つという極めて強い同調圧力の中で生きており、自由な発想や遠慮のない議論はかえって難しくなっているのではないか」 (敬称略)