群馬県草津町長・黒岩信忠(3)「銀座」湯畑の駐車場を撤去

話の肖像画

昔から旅館が町政を支配していたこの町で、私は旅館業以外から就任した初めての町長です。中卒で学歴もない、門閥もないということで、見下されていたのかもしれません。でも私が町長になってから、旅館の派閥はなくなりました。派閥でけんかしている場合ではなかったのです。

 草津温泉の歴史をひもといてみると、常に飢餓状態でした。草津住民の胃袋を満たしてくれるだけのお客さんが来ていなかった、という意味です。宿泊施設はたくさんあったけれど、稼働率が低い。そうすると、旅館やホテルがお客さんを取り合ってダンピング(不当廉売)競争になります。これは商人として利口ではない。自分で自分の尻尾を食っているようなものでしょ。

 〈町長に就任した平成22年、バブル期に300万人に達した入り込み客数は265万人まで減少。町のシンボルである湯畑周辺にある2つの大きな駐車場が景観を乱し、客足が遠のく一因になっていた〉

 湯畑の周辺には長い間、観光客向けの駐車場が2つありました。それを見るたびに恥ずかしくてね。湯畑は日本でいうところの銀座です。銀座のど真ん中に駐車場を置く必要があるのか、駐車場を置いて感動するのか、とずっと疑問に感じていた。町長に決まった瞬間から、湯畑の整備をやると決意し、政治生命をかけると宣言しました。

 〈23年、建築家の安藤忠雄氏の双子の弟で、全国各地でまちづくりをプロデュースする北山創造研究所の北山孝雄代表らを交えたプロジェクトチームを結成。湯畑の再整備に乗り出した〉

 まだ町議のころに北山先生の講演を聞き、発想が素晴らしいと思いました。町長に就任し、迷うことなく「一緒にまちづくりを進めたい」と。アポを取るのが大変で、講演を主催した銀行に頼んだら「なかなか会えない人ですよ」。その後、何度もお願いして、ようやく話をする機会を得ました。北山先生は最初は気乗りしていないご様子でしたが、何かの折に草津町の知名度やブランド力を知ったようで、取り組んでくださることになりました。

 〈再整備のテーマは「100年先にも通用するまちづくり」。首都圏にはない、独創的な風景を目指した〉

 目指したのは質の高い草津です。私がやっているのはマーケティングであり、ブランディングです。草津はもともとブランド力はありますが、それをより高める。そうすれば消費単価も上がる。これで、旅館業を底上げした。地方の人ほど東京の延長をしようとしますけど、それは大きな間違い。都会にはない集合体と新しい景色をつくろうと思いました。100年前の街並みというと、昔々の田舎という景色が想像されるが、レトロの中にもおしゃれ感と華やかさを演出しました。

 〈反対の声もある中、駐車場を廃止。跡地には26年までに、伝統的な建築様式を踏まえた「御座之湯」と観光拠点となる「湯路広場」を完成させた〉

 構造物にこだわって、鉄筋コンクリートの方が安かったが、高価な木材を使用しました。お客さまを呼び戻して利益を生み出すため、国の補助金や交付金を最大限活用し、集客につながる温泉などに徹底して資金を投入した。思い切った手法に当初は猛反対されましたが、必ず草津を再生させてみせる、という強い思いがありました。(聞き手 吉原実)