女流棋士第1号・蛸島彰子(5) たまたま私が先だっただけ

話の肖像画
蛸島彰子さん (酒巻俊介撮影)

 〈女流棋士発足15周年記念パーティーの成功を機に日本将棋連盟女流棋士会が設立され、初代会長に就いた〉

 女流棋士の日を設けて、将棋の大会をやりました。主な目的は、女流棋士の連携や棋力向上、普及活動の推進で、女流主催による女流棋士との親睦将棋会などのイベントも行いました。

 皆が一丸となって頑張り、女流棋士が少しずつ認められ、人気が出てきたことはうれしいです。忙しかった分、将棋もなぜか勝つことができました。良いことをして頑張って、将棋も勝てました(笑)。

 〈その後、平成19年に設立された日本女子プロ将棋協会(LPSA)に移籍した〉

 当時、日本将棋連盟から女流棋士が独立するという話が出ました。自分たちのことは自分たちで決めて、女性の将棋ファンを増やしたい。そして、次の世代に向けて女流棋界をもっと良くしていきたいという気持ちからです。女流棋界が発展してほしい。今後は女子ゴルフ界を良いお手本に日本女子プロ将棋協会や女流棋界を良い形で発展させ、盛り上げていく手伝いができればと考えています。

 〈座右の銘は「続ければ人生」だ〉

 30代の頃、企業の対談記事の企画がありました。「ベストセラーよりロングセラー」という内容で、「続ければ人生」という視点から女流棋士として自分の思いを語ったんです。それから、この言葉が好きになりました。

 一つのことを続けていけば、いろんなものが見えてくる。「継続は力なり」と同じような言葉ですが、普段、気がつかないことも続けることで感じられることがたくさんあります。それが人生の味なのかな。将棋を続けていることで、幸せも味わうことができました。

 〈公式戦から引退しても、忙しい日々だ〉

 週に2回ほど将棋教室をやっています。引退前は対局があると、そのことが頭にあって、「対局が終わったら何をしようか」と思う生活でしたが、今は対局がないので、そういうことも考えなくなりました。でも、協会の仕事が多く、まだまだ忙しい日々が続いています。長い時間、正座をすることはなくなりましたが、体力維持のためにストレッチを始めています。

 〈5月27日に「女流棋士第1号 蛸島彰子さんの歩みを語り感謝する会」が東京都内のホテルで開かれる〉

 私はこうした華やかなことは得意ではなく、「私はいいわ」というタイプなんです。できたら静かに引退するというのが一番。でも、個人というより女流棋界の一つの節目と言われ、後輩たちから引っ張り出されてしまいました。

 「発起人の一人に中原誠十六世名人がいいんじゃないですか。電話してください」と言われ、断られたらどうしようと思いながら電話したら、「喜んで」と快諾してくださって、良かったです。でも、当日にお客さまに来ていただけるのか、今から心配でなりません。「蛸島さんが女流棋士の道を切り開いてくれなかったら皆、後に続いていないんですよ」なんて言われましたが、誰かが必ずやったことなんです。たまたま私が先にやっただけの話なんですよ。(聞き手 田中夕介)=次回は平昌パラリンピック代表の上原大祐さん