女流棋士第1号・蛸島彰子(1) 引退でほっとした部分も

話の肖像画
蛸島彰子さん (酒巻俊介撮影)

 〈今年2月、対局で敗れ、40年を超える女流棋士生活にピリオドを打った〉

 今はどっと疲れが出ています。反対にほっとしているところもあります。これまでは棋士生活の中で動いていましたが、今はそれがありません。

 昨年12月、残りの女流名人戦と女流王将戦のいずれも敗退した時点で引退することを表明しました。これまでも引退したいという気持ちは何度かあったんです。しかし、70代になって体力的に維持するのが難しくなりました。公式戦の通算勝率が5割を切る前に引退したいという思いはずっと持っていました。小さな、小さな誇りなんです。勝率がだんだん5割ぎりぎりになって、そろそろ引退かなって。

 〈引退発表後、女流名人戦予選で安食総子(あじき・ふさこ)女流初段(43)、千葉涼子女流四段(37)に勝ち、予選準決勝に進出。71歳9カ月での公式戦勝利は自身の記録を更新する、女流棋戦の史上最年長記録にもなった〉

 負けて引退なんですよね。それより「頑張りたい」「1勝くらいはしたい」と強く思いました。とにかく、「良い将棋を指したい」という一心で指したんです。そうした気持ちが実ったのか、特に安食さんとの対局では良い将棋を指そうという気持ちで集中できました。安食さんに勝ったとき、「まだいけるんじゃないの」「予選、抜けるんじゃないの」とか言われました。私もちらっと考えたこともありましたよ。ちらっと、ね(笑)。

 〈その後、女流王将戦は敗れ、残るは女流名人戦の1棋戦に。2月16日の対局相手は山口恵梨子女流二段(26)。対局は振り飛車で優位に立ったが、終盤は二転三転の展開となり、熱戦の末に敗れ引退が決まった〉

 終盤に指した角のただ捨てが大錯覚で、失着でした。最近、ああいう負け方をよくしていたんですよ。後で指摘されたとき、「もったいないな」と思いました。終わったとき、「(引退が)来たな」という感じでした。後悔してはいません。ちょっと残念でしたけど。引退を発表したとき、「途中で勝っても『引退したい』と言ったからには(引退撤回は)だめなんですよ」と言われていました。

 〈引退発表後、インターネットで蛸島女流六段の話題が多く取り上げられ、「もっと対局が見たい」という書き込みが相次いだ〉

 女流名人戦での対局などが大きく取り上げられましたね。最近は、全国的に将棋のニュースを多く取り上げてくれ、対局の様子もネット中継されるようになりました。特に大スターの藤井聡太六段や加藤一二三九段らが世界を広げていただき、他の棋士のニュースも広く扱われる。娘が「ネットでこんなふうにみんなが言ってるんだよ」って見せてくれました。自分の対局も反響があって、うれしかったです。(聞き手 田中夕介)

【プロフィル】蛸島彰子

 たこじま・あきこ 昭和21年3月19日、東京都杉並区生まれ。高柳敏夫名誉九段門下。36年、プロ棋士養成機関の「奨励会」に入会した。41年に将棋界初の女性初段となり、同年に奨励会退会。49年に初の女流棋戦として創設された「女流名人位戦」(現女流名人戦)に参加し、初代女流名人位となり、3連覇を果たした。53年に創設された「女流王将戦」でも初代女流王将となり、3連覇を達成。女流棋士会の初代会長も務めた。55、56年度には将棋大賞女流棋士賞を受賞。平成19年に日本将棋連盟から日本女子プロ将棋協会(LPSA)に移籍。29年に女流六段。現在、LPSA特別相談役。タイトル獲得は通算7期。通算成績は333勝328敗。