【話の肖像画】大阪大教授・関谷毅(4) ラテン系研究者はポジティブ - 産経ニュース

【話の肖像画】大阪大教授・関谷毅(4) ラテン系研究者はポジティブ

東大大学院時代、実験状況をモニターで確認(本人提供)
 〈幼少の頃から好奇心旺盛で実験好き。宇宙飛行士の毛利衛氏の影響で、高校生のときに物理学に興味を持った〉
 ブラジル・サンパウロ州で過ごしていた頃、両親は私に自由にさせてくれていたと思います。相当危ない遊びをやった記憶がありますが、両親は本当に寛容だった。例えば、重い石をさまざまな高さから落として壊れ方の度合いを確かめるなど、私が親だったら止める実験もしていました。ブラジルは日本にはいない生物や虫もいて、研究材料には困らなかったですね。
 明確に物理学や電子工学に興味を持ち始めたのは高校生の頃。平成4年9月、日本人初の宇宙飛行士、毛利衛さんを乗せたスペースシャトルの打ち上げが成功した瞬間をテレビで見たときです。あのときの興奮は忘れません。それからの自分はまさに「物理バカ」。一日中眠るのも忘れて物理学の本を読みふけり、全く飽きることはありませんでした。
 〈11年4月、東京大学大学院工学系研究科に進学。大学院時代は主に、物体に強い磁界を加えたときの物質の変化について研究した。しかし、論文がなかなか書けないという挫折も味わった〉
 大学院時代は、物理学の中でも、特殊な研究をしていました。最も強い永久磁石の磁界は2テスラ(磁界の強さの単位)ほど。私の研究では500テスラを超える強磁場を発生させ、その中で物質の性質がどのように変化するのかを計測していました。
 世界最高レベルの強い磁界の中で計測技術を確立するのも大変難しく、学生には非常にハードルの高いテーマだったと思います。実験結果が思うように集まらず、論文がなかなか書けなかった。本当に焦りましたね。
 ただ、私はブラジル育ちの「ラテン系」で、とてつもなくポジティブ。どんなにうまくいかなくても激しく落ちこまないんですよ。当時の計測技術は、今取り組んでいる脳波の測定にも生かされていますが、最も学んだのは諦めない精神力でしょうか。
 特に、他の専門分野の方と連携した研究開発は、それぞれの価値観も異なるため完成まで多くの壁があります。うまく進まないときも「何とかなる」という“当たって砕けろ”精神で挑んでいます。
 〈教育者としても活動している。大学生向けの講義のほか、29年には自身が開発した試作品を小学校などに提供する取り組みも行った〉
 自分の幼少の頃を思い返すと、最も学べる方法は、物を実際に見て、触れたりすることだと確信しています。希望する小学校には、私が開発した小型センサーのシートを提供しました。「壊してもらっても構いません」と小学校には伝えています。機能や感触を確かめるだけでなく、どれだけの強さで引っ張ったら壊れるのかということも学んでほしいと思いました。
 私の通っていたブラジルの学校では、授業に飽きたらいつでも「外に遊びに行っていい」というルールがあったように記憶しています。私は今も、この方針があまり間違っているとは思っていません。
 講義がつまらないのは、学生ではなく教員の責任です。一生懸命聞いてくれるかは、私たちの腕の見せどころ。未来を背負う優秀な研究者を一人でも多く世に送り出すために、学生の心に訴えかける講義を行うように心がけています。(聞き手 板東和正)