【話の肖像画】作家・編集者 末井昭(4)借金と女性、そして運命の人に - 産経ニュース

【話の肖像画】作家・編集者 末井昭(4)借金と女性、そして運命の人に

話題の雑誌を続々と創刊した「白夜書房」オフィスにて(本人提供)
 〈昭和63年、「パチンコ必勝ガイド」を創刊した。男女雇用機会均等法施行やフェミニズムが台頭するなか、女性が入店しやすい店作りなどを進め、パチンコが急成長していた時流に乗った。日本中がバブル景気に沸いていた〉
 雑誌は売れに売れました。ボーナス2千万円を全部ギャンブルに注ぎ込んだり、投機用のマンションや郊外の栗林なども、すぐに値が上がるだろうと、銀行からお金を借りまくって買ったりしました。後に全てが借金に。狂っていましたね。
 工員時代に最初の結婚をし、その頃には不倫を重ねるようになっていました。ある夜、不倫相手の一人が「今から死ぬ」と自宅に電話をかけてきて、いぶかる妻に「仕事で付き合いのある女性に呼び出された」と嘘をつき、駆けつけたこともあります。自殺未遂まで起こす愛人に別れを切り出したら、そして奥さんにばれたらどんな修羅場になるか。怖さと少しの情で、そんな状況が続いていました。
 〈借金、不倫のなかで、一人の女性との出会いが人生を大きく変えていく〉
 美子ちゃん(現在の妻、写真家の神蔵美子さん)の前と後で、全く別の人生になったと思っています。50歳の手前でガラッと。以降は他の人との恋愛もギャンブルもしなくなった。僕には女の人は嘘をつくものだという先入観があったのですが、美子ちゃんには全く嘘がありませんでした。彼女は新進気鋭の文芸評論家・坪内祐三さんの妻でした。
 〈美子さんは、2人の男性の間で揺れ動く数年間の記録を赤裸々に告白した私小説・写真集「たまもの」(筑摩書房)を上梓(じょうし)している。それによると、「好きな人が出来たから家を出よう思う」と告げる美子さんに、夫である坪内さんの返事は「美子ちゃんはアーティストなんだから好きにすればいい」「でもいま出ていかれちゃうよりは、週に2日でいいから帰ってきてほしい」という、冷静でおおらかなものだった〉
 その時から坪内さんには頭が上がりません。格好良くて、美子ちゃんから彼の人柄の素晴らしさや見識の高さを聞くたびに、自分と比べて落ち込みました。付き合うきっかけは、美子ちゃんが当時全力で取り組んでいた女装写真のモデルになったことです。女装をすると、ダイナマイト自殺した母親の面影や思いを感じたり、自分の内面がどんどん引き出されたりして、美子ちゃんとも一気に親密になってしまいました。
 僕は仕事柄もあって非日常的なことばかり考えていたけれど、当時の奥さんは普通の常識人。女装のために風呂場で脚の毛をそっている所を見られて、心底「気持ち悪い」と突き放され、「仕事だから仕方ないんだ」と嘘をつきました。女装とか本当のことが言えない関係だったんです。
 美子ちゃんには「嘘をつかないで」と約束させられました。当時僕は3人と不倫をしていて、それぞれにお金を渡したり、会う義務感から憂鬱になっていました。そんな自分の弱さを断ち切る覚悟ができたんです。3人に「好きな人ができたので、離婚してその人と暮らす」と告げたら「良かったね」って。何か祝福されちゃってね。修羅場になるなんてうぬぼれていただけ。子供はおらず、奥さんには自宅の一軒家と貯金を渡し、折り合いをつけてもらいました。(聞き手 重松明子)