落語家・春風亭一之輔(4) 「滑稽噺」で勝負したい

話の肖像画
師匠の春風亭一朝(右)と(本人提供)

 〈落語は江戸時代に始まったとされる伝統芸能。古典落語には、滑稽噺(ばなし)、人情噺、芝居噺、怪談噺など、いろんなジャンルがある。さらには、演者が新たに創作した新作落語も。一之輔が得意とするのは、長屋の八っつぁん、熊さん、ご隠居さんらを主人公にした、笑いの多い滑稽噺だ。現代風のくすぐり(ギャグ)をふんだんに盛り込んだり、原型がないほどの大胆なアレンジをするのが持ち味〉

 「噺を壊す」って? 当然だけど初めは教わった通り忠実にやってたんです。そのころの録音を聞いてみると、やっぱり硬い。次第に芸の中で自我が芽生えて、要は、自分が楽しいやり方でやればいいんだって思うようになりました。(噺の)登場人物にこう言わせてみたら、とか、逆にこんなセリフは言わない方がいいとかね。そんなアイデアがポンと出てきて、どんどん変えていったんですよ。マクラ(導入部)で使う時事ネタなんかは新聞やテレビ、週刊誌、ネットなどで仕入れます。広く浅く、いろんなことを知っていた方がいい、と思ってね。

 人情噺(「芝浜」や「文七元結(もっとい)」などドラマ性があり、じっくりと聞かせる噺が多い)も、やるようになりましたが、実は今でもそんなに好きじゃない。というよりも「罪悪感」がある。自分が逃げてる感じがするからです。人情噺は、ちゃんと演じれば、お客さまはそれなりに聞いてくださるし、満足してくださる。もちろんその先に「もっと高み」があることは分かっているんですけどね。最近は技術的にも、そういう人物ができるようになってきたなって思うし、手応えもあって楽しいんだけど、やっぱり、滑稽噺で勝負したいと思うんです。

 新作もやってますが、僕の場合、そうした企画があってつくることはあるけれど、自分の意志とはいえません。古典落語は先人から語り継がれてきた安心感がある。だけど、新作は全部、自分の責任でやらなきゃいけない。だから、真打ちでも、二つ目でもホントに「新作で勝負している人」はすごいと思うし、僕が片手間でやるなんて失礼です。せいぜい年に何度かの“飛び道具”なのかな。

 〈実は稽古があまり好きじゃない。100回稽古するよりも1回の高座ごとに噺を磨いてゆく〉

 稽古をやっていると、しゃべることに飽きちゃう(苦笑)。名人といわれた先代の桂文楽師匠(昭和46年、79歳で死去)のように、磨いて磨き込んだ上でやっと高座にかけるという方もいますが、僕は(教わった師匠の)OKが出たら、バンバン高座でやりました。どれがベストか、なんて分かりませんけど。ネタも、事前には決めずに上がることが多い。大事なのは、そのときどきのお客さんとのバランス、距離感、満足度を計ること。場所や年代、どれだけ落語を聞いていらっしゃるか、によっても違いますから最初の1席目が大切なんです。

 〈今では、独演会はいつも満員盛況。過去には、日本武道館や歌舞伎座など、大きなホールで落語会をやった先輩落語家もいたが…〉

 (会場は)ギリギリ1千席かな、それ以上になると、なかなか伝わらないと思うんですよ。300席くらいがちょうどいい、僕が一番楽しいのは50席くらいですけどね。マイクなしで、お客さんとの距離が近い。個人のお宅で、赤ちゃんからおじいちゃんまでという場合もある。そういうとこでもできるのが落語なんです。(聞き手 喜多由浩)