歌舞伎俳優・松本白鸚(1) 奇跡といえる「三代同時襲名」

話の肖像画
歌舞伎俳優・松本白鸚さん(宮川浩和撮影)

 〈1、2月の東京・歌舞伎座の襲名披露興行で、松本幸四郎家の親・子(市川染五郎)・孫(松本金太郎)の三代が、それぞれの「父」の名跡を同時襲名した。親・子・孫が同時代に現役でなければできない襲名を、昭和56年に続いて再び実現したことになる。“松本幸四郎”の名跡を長男に譲り、二代目松本白鸚となった〉

 奇跡です。二代続けて三代同時襲名が再びできた。歌舞伎を愛する方々が、この奇跡を起こしてくださったんです。幸四郎という名跡に別れを告げた寂しさは不思議なほどなく、二代目松本白鸚として、やるべきことがまだまだたくさんあるように思える。今、新たな一歩を歩み出した気持ちです。

 〈1月の襲名狂言は「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ) 寺子屋」。主君のため、わが子を犠牲にする松王丸の役は、37年前に幸四郎を襲名した際も演じた。そして2月は「仮名手本(かなでほん)忠臣蔵 七段目」の大星由良之助。37年前の前回襲名で、父の初代白鸚が病と闘いながら、孫(新幸四郎)と共演した役を今、孫の新染五郎と演じる〉

 私は幸四郎時代、“演劇としての歌舞伎”を考え続けてきた気がします。荒唐無稽で民俗芸能的だった歌舞伎は明治期、九代目市川團十郎が演劇としての写実性を取り入れ、さらにその後を継いだ祖父(七代目幸四郎、初代中村吉右衛門)や父(初代白鸚)が、心理描写の要素を加えた。そういう意味で「寺子屋」は演劇的であり、松王丸は複雑な心理描写が求められる、格好の役なんです。また、由良之助役で今回、孫と共演できるのは、亡き父の私に対する思いやりのように感じられます。

 〈37年前も今年1月も、新幸四郎の襲名狂言は「勧進帳」の弁慶。祖父の七代目幸四郎は弁慶を約1600回演じ、自身も1100回以上演じた〉

 新幸四郎は、よく頑張っていると思います。一期一会という言葉がありますが、一日一日の舞台を大事にする役者で、芸に対する熱い思いは、私以上かもしれない。その心を一生持ち続けてほしいし、それが高麗屋(幸四郎家の屋号)魂です。襲名の「名」の字は、「命」でもある。先輩から命を受け継ぐということです。

 〈昭和20年、歌舞伎座は空襲で焼失。さらに戦後、連合国軍総司令部(GHQ)が「仮名手本忠臣蔵」など主要演目を、封建的で民主主義に反すると判断し、上演を禁止した。歌舞伎が存亡の危機を迎えた時代、歌舞伎俳優になる宿命を背負った〉

 1月の「寺子屋」も、2月の「忠臣蔵」も、進駐軍に禁止された演目です。それら時代物と呼ばれる名作を得意としていた祖父たちの無念たるや、いかばかりだったか。手足をもがれた思いがしたはずです。そんな荒波を乗り越えた歌舞伎が、娯楽が氾濫する現代、こうして愛され、三代同時襲名ができるなんて奇跡に思えます。 (聞き手 飯塚友子)

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【プロフィル】松本白鸚

 昭和17年、東京都生まれ。初代白鸚の長男。21年、二代目松本金太郎を名乗り初舞台。24年、六代目市川染五郎を襲名。56年10、11月に「勧進帳」の弁慶ほかで九代目松本幸四郎を襲名。平成30年1、2月、二代目松本白鸚を襲名。「勧進帳」の弁慶は全国47都道府県での上演を達成、1100回以上演じ続けている。ミュージカルでも「ラ・マンチャの男」に昭和44年に主演し、翌年、米ブロードウェーで日本人初の英語単独主演を達成。「王様と私」でも平成2年から半年間、英ウエストエンドほか英国各地で計207ステージに英語主演。「アマデウス」のサリエリほか、シェークスピアの四大悲劇主演も達成した。