「ご公務、お疲れさまでした」 東北各県から感謝の声

天皇陛下譲位
集まった人たちと言葉を交わされる天皇、皇后両陛下=平成28年3月17日、宮城県女川町(宮川浩和撮影)

 皇室会議が開かれ、天皇陛下の譲位日を平成31年4月30日とし、皇太子さまが5月1日に即位され改元することが決まった1日、東北各県からは、「ご公務、お疲れさまでした」などと、天皇陛下をいたわり、その活動に感謝する声が聞かれた。

 青森

 平成2年に三沢市で行われた「第10回全国豊かな海づくり大会」に当時、県職員として携わった県信用保証協会の長谷川義彦会長(74)。誕生日が天皇陛下と同じ12月23日ということもあり、「不思議なご縁を感じる」と振り返り、「今後はお体を大事にいつまでも元気で過ごしていただきたい」と話した。

 また当時、八戸水産高2年で同大会の魚の放流行事に参加し、天皇陛下に稚魚が入ったバケツを手渡した県水産振興課の高山治主幹(45)は「とにかく緊張しました。放流が終わり、天皇陛下が席に戻られる際、『ありがとう。これからも頑張ってください』とお声を掛けられ、温かいお人柄が印象に残っています」と思い起こした。

 岩手

 昨年9月30日、希望郷いわて国体開会式出席のため来県された天皇、皇后両陛下に、早池峰神楽を披露した大償(おおつぐない)神楽保存会の阿部輝雄会長(67)=花巻市大迫町=は「離島まで足を運ぶなど、国民に親しく声をかけられ、ありがたかった。譲位ののちは、休養し、国民を見守っていただければ」と話した。

 早池峰神楽はユネスコの無形文化遺産に登録されている。神楽を披露した際、「伝承よろしくお願いします」と天皇陛下から声をかけられたという。「優しい、ご配慮ある言葉をいただいた」と当時を振り返った。

 秋田

 天皇、皇后両陛下は、最近では平成19年9月に秋田市で行われた国民体育大会の開会式と、20年6月に北秋田市で行われた全国植樹祭への出席のため、県を訪ねられた。

 県知事として当時、県政事情などを両陛下にご進講した寺田典城氏(77)は、そのときの印象を「自然に頭が下がるような品格をお持ちで、特に天皇陛下はユーモアも理解される方」と話す。譲位については「象徴天皇としての責任を、重く受け止めてのこととご推察する。譲位後も、たまには外に出られて、国民に元気なお姿を見せていただきたい」と語った。

 宮城

 東日本大震災から5年が経過した昨年3月、両陛下が視察された宮城県女川町の水産加工会社「ヤマホン」の山本丈晴社長(49)は「次の5年に向かって希望と勇気をいただいた」と振り返る。同町は震災で大きな被害を受け、山本社長は再建した同社の工場を案内した。

 山本社長は「本当にお疲れさまでした。お会いして、大変な思いでご公務をされているのがわかった」としみじみ。その上で、「平成は『平和に成る』、良い響きだった。陛下はお元気なので、改元に悲しさやさみしさはありません」と話した。

 山形

 「昨年8月に天皇陛下がビデオメッセージで譲位の意向を強くにじませられてから、月日がだいぶ流れた。もう少し早く決めても良かったのではないでしょうか」と話すのは、舟形町にある定泉寺の責任役員の梅津正枝さん(60)。

 「天皇陛下は、皇后陛下とともに被災地を訪れ、ひざをついて、被災者を元気づけてこられました。その姿に多くの国民は感動し、日本の象徴である天皇陛下のありようは世界にも伝わりました。国民の1人として感謝申し上げたい気持ちでいっぱいです」と話した。

 福島

 東京電力福島第1原発事故の避難者などを県内でねぎらわれたこともある天皇、皇后両陛下。昨年3月には三春町で避難生活を送る葛尾村民を見舞われた。

 譲位の日程が決まったことに、福島市の女性(70)は「天皇陛下のお仕事は大変だと思う。公務を離れて身体をいたわっていただき、長生きしてほしい」と話した。

 また、二本松市の高校3年の女子生徒(18)は「新しい元号は、今の『平成』のように、優しい感じのものがいい」と話した。