養老孟司さんの集大成「遺言。」25年ぶり書き下ろし 感覚と意識、人間の認識のあり方とは

 
「書名の『。』の意味? 飼いネコの『まる』からですよ」といたずらっぽく笑う養老孟司さん

 440万部超のベストセラー『バカの壁』などで知られる解剖学者で東京大名誉教授の養老孟司さん(80)が、完全な書き下ろしとしては25年ぶりになる新刊『遺言。』(新潮新書)を刊行した。人と動物の違い、人間の脳と文明の関係など、出世作『唯脳論』以来の思索が詰まった“養老節”の集大成的な内容だ。

 久しぶりに口述筆記を使わず本を書こうと思った理由について、養老さんは「直接的には、昨年末に船旅をしたから。頭の中で考えていることを集中して書くときには、普段いる場所から離れた方がいい。編集者もいないから強制感もないし」と冗談めかして明かす。

 元来、難解な学術用語などに頼ることなく、ユーモアを交えた平易な言葉で読者を深い思索に誘う思弁的な内容を書くことに定評がある養老さん。本書の中心となるテーマは、感覚と意識という2大要素で成り立つ人間の認識のあり方だ。

 たとえば、五感でとらえた具体的なリンゴは、大きさや色形、置いてある場所など全く同じ物は2つとなく、すべて異なっている。それが感覚を通じて脳の中に入ると、意識の作用によって個体の差異を超えて「リンゴ」という概念にひとまとめにされる。この「同じにする」という意識の作用こそ、感覚優位で生きる動物の世界から人間を離陸させた源だったと養老さんは論じる。

 「その典型が数の概念、そして数学ですよ。リンゴ3つとミカン3つで足して6つなんて、感覚ではどうして違うものが同じになるんだよ、となるでしょう」

 感覚に従って生きる動物とは違い、人間の意識はたとえば「焦げ臭いにおい」から直ちに「火事」との判断に至るように、感覚器への知覚を即座に意味に変換しないではおれない。自然の動植物や野山になぜそこに存在するのかの意味を求めても仕方がないが、人工物の塊である都市はすべて意味のあるものでつくられているという。「だから都会は脳化社会、というのが僕の年来の持論です。脳というのは、つまり意識。人間しか都会はつくらない」

 現代日本の都市は極度の脳化社会となるが、そこで養老さんが懸念するのが少子化だ。「都市化が行き着くところまで行くと必ずそうなる。都市は人工物、つまり意識の世界で、意識は自然を排除するものだけど、ところが子供は自然のもの。設計図がないし、どんな子になるか育ててみるまでわからない」

 それにしても、ファンの度肝を抜く書名だ。その意図について尋ねると「もうどれが打ち止めになってもおかしくない年だからね。まあ当面死ぬ予定はありません。次回作は『人とは何か』がテーマになるでしょう」と、かくしゃくたる調子で笑った。(磨井慎吾)