スペインで進化し続ける乾貴士を支えた、小さな街のサポーターとチームの愛情

 

 “エイバルでサムライ乾が爆発している!”

 “乾は左サイドの短剣であった”

 “ドリブルは目がくらむ凄さ”

 リーガ・エスパニョーラの2017/2018シーズン、スペインの各スポーツ誌はそういった表現で乾貴士を何度か称えた。いまや、スペインメディアにINUIという言葉が出ることが当たり前になっている。

 乾貴士は、初めてリーガ・エスパニョーラ(以後リーガ)で成功できた日本人だ。かつてリーガにはそうそうたる日本人選手がチャレンジしてきたが、誰もが目立った実績を残せず長くない期間で去っていった。サッカーメディアはスペインを、“日本人選手の鬼門”と呼び続けていた。

 そんなハードルの高いリーガにおいて、乾は2015年夏のエイバルへの入団以降、着実に存在感を強めてきた。以下は2018年5月16日時点でのいくつかの記録だ。

 ・日本人リーガ最多試合出場記録(94試合)

 ・日本人リーガ最多得点記録(11得点)

 ・FCバルセロナ相手にゴールを決めた初の日本人選手(1試合2得点)

 ・リーガ通算70,000ゴールめとなるメモリアル弾を決める

 すべてが日本人初となる記録。そしてもうひとつ、乾はリーガの所属チームとサポーターにもっとも愛された日本人選手とも言えるだろう。どういうことか、エイバルとの繋がりについて記していく(以降は中盤まで2017年12月と2018年2月の取材時の記事)。

 エイバルとの良好な関係のきっかけは、乾の少年時代に遡る。「将来はスペインでサッカーをする」という子供のころからの夢と、その願いを叶えたエイバルとの縁を本人が教えてくれた。

 「7歳上の兄がテレビでスペインのサッカーを観ていて、一緒に観るようになりました。小学6年ころからですね。そしたら凄く面白くて、いつかスペインでと思い始めました。その時観たスペインのサッカーが、とにかく楽しそうだったんです。俺の勝手な想像ですけど、選手が思い描くプレーどおりにできている時は絶対に楽しくて、観ている方も楽しくなる。自由さもありました。もう、絶対に楽しいんやろうなと(笑)」

 少年時代、食い入るように見たスペインサッカーのなかで、ある試合が憧れをさらに強めた。

 「当時からバルセロナは凄い選手のたくさんいる強豪だったんですが、そのバルセロナにビジャレアルが3-0で勝ったんです。(当時)こういうよく知らないチームでもバルセロナに勝ったりできるんやと衝撃を受けました」

 中学3年生のころには、リーガが明確な夢になっていた。滋賀県立野洲高校では全国高校サッカー選手権大会に出場し、優勝を経験。その後、横浜F・マリノス、セレッソ大坂を経て、2011年にドイツ・ブンデスリーガの2部VfLボーフムに移籍。

 その契約時から、エージェント(秋山祐輔氏)に「スペインに行きたい」と伝え、スペインを目指してドイツでの活躍に力を注いだ。

 そして1部フランクフルトに在籍していた2015年、ついにエイバルから声がかかった。そのときの心境を聞くと、嬉しさを思い出すようにこう言った。

 「ついに来たか~!という感じでしたね。ほんまに」

 当時のエイバルは、前年に初のリーガ1部に昇格したばかり。実は乾は、エイバルがどこにあるかも知らなかった。それでも、ただただ嬉しかった。

 「ずっと思い続けていましたから、絶対に行きたいという気持ちしかなかったです。フランクフルトとはもう一年契約が残っていたんですけど、強化部と監督に“スペインに行きたい”と自分から伝えに行きました」

 エイバルが提示した推定30万ユーロ(約4000万円)という移籍金はいまでも話題だ。ドイツで活躍している選手の移籍金としてはあまりに格安。しかし、その金額は田舎街の小さなクラブにとっては精いっぱいの史上最高額だった。エイバルとは、1部昇格の最低資金が足りずクラウドファンディング法式でかき集めたほどの超低予算クラブだったのだ。

 「エイバル自体にすごくお金がない年で、当時は基本移籍金がかかる選手は取らないという状況でした。だからよくそれだけエイバルも移籍金を用意してくれたし、フランクフルトもOKしてくれたなと思います。(フランクフルトへ支払う)移籍金額を聞いて、自分の給料を削って、その分を移籍金にしてでもエイバルに行きたいと秋山さんには伝えました。それくらい絶対にスペインに行きたかったので、入れるなら給料いらんかなと。ここで逃したら一生行けへんと思ったんです」

 晴れて、2015年の夏からエイバルでの生活が始まった。バスク地方にあるエイバルは、山に囲まれた人口2万7000人の小さな街。単身赴任である乾は、街で唯一の日本人の住民となった。また、エイバルの選手でエイバルに住むのも乾のみ。エイバルに住む方が街からさらに山奥にある練習場に近いが、大多数がバスク最大の都市、ビルバオに住んでいる。

 旅行者で賑わう美食都市、サンセバスチャンからクルマで約1時間にして、エイバルはひっそりと静か。街にある唯一のホテルは一泊約7000円の3つ星ホテルだし、歩けばすぐ山に入るし、夜遊びするような場所もない。

 街の第一印象を乾に聞くと、こう答えた。

 「ちっちゃいな~!と思いましたね。こんなところなんやと正直思いました。でも、住んでみるとまったく嫌じゃない。むしろ街全体に一体感があるというか、すごく楽です。街の人とはご近所づきあいみたいな感じで、どこに住んでいるかも知られているくらい。よくアニモ!(がんばれ)と声もかけられます」

 自身のSNSでもオフでマドリードに行った帰りに「楽しいオフが過ごせましたー。ありがとう。でも、やっぱりエイバルが一番好きやな(笑) さすが田舎っ子(笑)」といった投稿があったりして、本当に居心地がよさそうなのだ。

 「サッカー以外に興味のあることは?」との質問に、少し考えたあと「ないですね」と答えるキャラクターも、素朴な街に合っていたのかもしれない。

 では反対に街の人にはどう思われていたのか? 昨冬、ホームスタジアムのイプルアで、サポーターたちは熱く語った。

 「タカシはすごく働き者でいいプレーヤーだ。それにユーモアに溢れているし、タカシがエイバルに来てくれて本当に嬉しい。タカシ、大好き!」(50代男性)

 「真面目な働き者で、人として心から尊敬している。タカシがいることがもはやひとつの現象だね。僕らのアミーゴだよ。スペイン人はもっと彼について語るべきだ」(40代男性)

 「イヌイは世界一だ! 最高にサッカーがうまい! 彼は鮨だってうまく作るだろうな!」(30代男性)

 「ちょっとシャイだけれど、とっても礼儀正しい青年」(ホテル受付のお姉さん)

 「大好き!」という言葉と同じくらいサポーターが口にしたのが、“ Bueno Trabajador(優れた労働者)”というスペイン語だった。労働者を意味する“Trabajador”をサッカー選手に使うことは珍しい。しかし、古くから製鉄業が盛んで労働者が経済を支えてきたエイバルでは、勤勉こそ美徳。“働き者”は最上級の褒め言葉なのだ。

 ひたむきに練習し、ピッチを全力で駆けめぐる小柄な日本人選手の姿に、エイバル市民は惹かれざるを得なかった。

 そんなファンたちが、リーガでもっとも小さいスタジアム、イプルアで乾を見守っていた。スタジアムの収容人数は7083人と、約10万人を収容するバルセロナの本拠地カンプノウの約1/14(ちなみに2017年度の予算はバルセロナの約1/18)。

 実際にイプルアに行ってみると、どの席でもピッチまでの距離が驚くほど近く、迫力満点。ここは全席が特等席だ。アットホームさもあり、エイバルの人たちはお茶の間にいるかのごとくひまわりの種をポリポリ食べながらサッカー観戦をする。もちろん、燃える時はみんなで立ち上がり、ピッチに大きな声援を送る。

 「ファンとの距離が近いので、声がかなり聞こえるんですよ。エイバルは本当にいい人ばかりで、ファンは常に温かい。チームに対してのブーイングはまったくありません。それはなかなか珍しい。自分が試合中にミスした時でもコールをかけてくれたりもします。背中を押してもらっていると、ピッチに立っている時にすごく感じますね。

 だからイプルアでの試合はとてもやりやすいです。カンプノウとかあれはあれで凄いけれど、やっぱりイプルアはいいですね。大好きです」

 筆者はその言葉を、イプルアで行われた2月17日のバルセロナ戦の観客席で実感することとなった。試合が終わる間際の後半43分のこと、バルセロナが2点めを決めて2-0という状況に。普通なら終焉ムードになるところ、なんと観客席からこの日一番の大声援「EIBAR!EIBAR!」というコールが響いたのだった。ため息をつくのでもなく、帰るのでもなく、サポーターは最後まで選手たちを真摯に見守っていたのだ。

イタズラ好きなチームメイトに囲まれて

 チームでは“TAKA”と呼ばれ、完全にとけ込んだ。チームや本人のSNSをみると、乾はほほえましいほどにいじられまくっていた。

 「俺はチームメイトに恵まれましたね。いい人ばかりです。普通スペイン語をあまり喋れなかったらかまわれないはずが、みんなどんどん話しかけてくれます。よくいじられていますね。いま29歳なんですけど、歳下になめられていますよ(笑)。顔的にもガキにしか見えないんでしょうね。ほんまイタズラが多くて、とことんいじられ役になっています。最近はやり返すようになって、そうすると相手は喜びます」

 具体的に聞くと、小学生のようなイタズラだった。

 「ボールに座っていたら、後ろからバーンと蹴ってきて俺がこけるとか。ダンボールをドアの上に置いて俺がドアを開けたらそれが落ちてきて当たるとか。最近は俺が食べようとしているご飯を“これ美味しいよな!”と触ってきたり。もう、いろいろあるんですよ(笑)」

 イタズラの主犯はアルゼンチン出身のゴンサロ・エスカランテ(25歳)。イタズラはたいてい好きな相手にするものだし、チームメイトも乾のリアクションがかわいいから繰り返しイタズラしてしまうのだろう。それでいて彼らのSNSをみると、“Grande TAKA!(偉大なタカ)”としっかり尊敬もしているのだ。

 「俺が所属してきたチームのなかで一番ファミリー感があります。普通、絶対にいくつかグループができるんですが、それがなくてみんなで仲がいい。監督、スタッフ含め、これだけまとまっているチームはなかなかないです。

 これまでチームが負けだすと人のせいにする選手もいたりしましたが、エイバルではそうならない。今季前半に負けが続いていた時も、“みんなで頑張ろう”というムードでした。選手内でWhatsAppのグループがあって、そこに試合前に誰かが“Vamos!(行くぞ)”と打ち、そんなやりとりが続く感じです」

日本人らしさと人柄で採用された

 なぜエイバルにいい雰囲気ができあがっているのかを聞くと、小さなチームなりの哲学があるようだ。「強化部長が選手を獲得するときに、人間性を大事にしていると聞いたことがあります。例えばプレーと人間性が73の割合でプレーが優れている選手よりも、5546で人間性の高い選手を強化部は獲得するんです。だから、気のいい人しか来ない。そういう選手の集まりがエイバルなのかなと」

 ということは、乾を獲得した際にも人間性を重視していたのか? 当の強化部長、フラン・ガラガルサ氏から回答を得た。

 「確かに、私達はプレーヤーとしてチームに加入してもらう前に、それまで所属していたチームメイトとの関係性も含めてその人のパーソナリティを調査するようにしています。もちろん、TAKAの人柄のよさも聞いていました」 

 続けて、勤勉を重んじるバスクのチームらしい観点を明かした。

 「エイバルは、忠実で協調性があって規律正しい日本人の文化を尊重しているんです。日本が教育によってそのような“人”を作り出してきたことは、とても価値のあることで、そのような精神をもつ人こそチームに必要だと思っていました。それに彼は、スペインでプレーしたいというハングリーさに溢れていた。だから、実は選手としてのTAKAはあまり知らなかったんだけれど、彼に賭けてみました。そうしたら期待を上回る主力となったのです。

 一度も試合を欠場したことがないし、遅刻もしない、怪我もしない(20184月中旬まで)。まるで“ひとりでなんでも出来る遺伝子”をもっているかと思うようなプレーヤーです。そのうえ、すごく人懐っこくて、とても優しい。僕たちにとって本当に愛おしい存在なんです」

 そんなチームからの愛情を受けながら、乾はエイバルで日々成長し続けた。エイバル市街からクルマで30分の場所にある山奥の練習場に通い、仲間とゴールをグラウンドに運ぶところから練習を始め、激しくボールを奪い合った。練習が終わればみなで片付けをし、定期的に昼食をともにした。

 人選に始まるそれらの背景もあり、エイバルは一体感が魅力のチームとなっている。小規模、低予算、団結力が揃い、たとえサッカーに興味がない人をも虜にする人情劇と魅せるチームプレーを繰り広げる。超スーパースターはいなくても、奇跡を起こす瞬間を見たくて追いかけたくなってしまうのだ。

 チームのスローガンは、“Another football is possible”。これは、ビッグクラブとは違う、限られた条件で戦うスモールクラブのクリエイティビティを表している。ひとりの日本人が、そのようなチームの中心選手となった。

 「本当にいいファン、いいチーム。ここに来たことがとにかく最高です」

 乾はいまスペインで、子供のころの自分を裏切らない楽しいサッカーをしている。

【追記】かけがえのない3年間を過ごし、新たな挑戦へ

 充実した日々を過ごしていたものの、乾とエイバルとの契約は2018年6月末で終了。その後の去就がスペイン各誌で大きく取りあげられ、それもまた日本人選手として初めてのことだった。他クラブも欲しがる選手となり、どこへ行くか選べる立場となったのだ。エイバルでの日々の進化が、新たなチャンスを引き寄せた。

 注目が集まるなか、4月下旬、乾はエイバルを退団すると明言した。手にいれた居心地のよい環境を手放し、新たなステージへと挑む。

 “エイバルの乾”にとってのホーム最終試合となったのは、5月12日に行われたラス・パルマス戦。ゴール裏にはいつも通り日本国旗が飾られ、北スタンド最前列には“INUI ありがとう”という日本語のメッセージが書かれた横断幕が掲げられていた。いずれも持ち主はエイバル市民である。

 そんなムードのなか、乾は先発フル出場。前半5分に左サイドでボールを受けると、ゴール前に走り込んできたMFオレジャナに絶妙なスルーパスを送り決勝点を演出した。

 また、後半には乾がイエローカードをもらった際に大きな拍手とINUIコールが起こるひと幕も。少々強引ではあったけれど、最後まで続いた忠誠心にサポーターたちは湧いていた。

 試合後のセレモニーでは仲間に胴上げをされ、胴上げが終わるとふざけて蹴られるというエイバルにありがちな光景に笑いが起こる。そして、“INUI ありがとう”の横断幕をもったファンに駆け寄りスパイクをプレゼント。バスクの田舎町のアイドルになった日本人は、去り際まで律儀だった。

 記者席に来ると、エイバルでの時間を振り返りこう語った。

 「本当に、この3年間は一生の宝物になると思います」

 サポーター、チームメイト、監督、スタッフ、すべての人に恵まれたという気持ちはずっと変わらない。エイバルでの出会いが自分を成長させてくれたと、改めて感じているようだった。特に恩師・メンディリバル監督への感謝は尽きない。

 「いままで出会ってきた監督のなかでは一番の監督。距離感も日本ではありえないくらい近いですし、本当に監督なのかなというくらい優しくてフレンドリー。サッカーも、人としての行動も、発言も、本当に素晴らしい人です。この監督に3年間教わったことは、自分の人生を変えたというくらい大きな出来事でした」

 チームについても、以前のコメントと同じく「自分がいままで出会ってきたチームのなかで一番」と話す。それでも出ていくのには、ずっと憧れていたスペインサッカーへの好奇心が溢れる乾こその理由がある。

 「もちろん、このチームでキャリアを終えるという考えは自分のなかではありました。でも、メンディリバル監督みたいな人がスペインにはいっぱいいるかもしれないと思いましたし、自分がやりたかったスペインに来たなら1チームで終わるのはもったいないと決断しました。この移籍が正解となるかどうかは自分次第。エイバルに残っていた方がいいと言う人もいるかもしれないけれど、自分は常に進んでいきたい。チャレンジをしていきたい」

 純粋な向上心から出た答えだった。夢のスタートをきってから3年、乾貴士のレベルアップはまだまだ続いていく。

PROFILE

 乾貴士

 いぬいたかし・1988年、滋賀県出身。兄の影響で幼稚園からサッカーを始める。小中学生時代は地元のセゾンフットボールクラブに所属し、その後、野洲高校サッカー部に入部。卒業後は横浜F・マリノスに入団。2008年にセレッソ大阪に移籍。2011年からはドイツ・ブンデスリーガの2部VfLボーフム、2012年から約3年間は1部フランクフルトで活躍。2015年8月から2018年6月まではスペインのSDエイバルに所属。子どもの頃は野球経験もあり、いまでも野球好きで阪神ファン。好きな食べものはハンバーグと魚のホイル焼き。家族は妻と7歳になる息子。