非日常ドライブ体験記 アストンマーティンでいく

 

 Let's ドリフト

 成田空港のニュージーランド航空のカウンターには、季節外れのダウンジャケットやスノーボードを抱えた観光客が集まっていた。8月のニュージーランドは真冬。南へいくほど寒いわけで、降り立った南島のクイーンズタウンは、雪の白と羊のベージュばかりが目立っていた。

 この街の郊外にある山頂には「SHPG(サザン・ヘミスフィア・プルービング・グラウンド)」という有名なテストコースが整備されている。広大でフラットな雪面や氷面、ハンドリングトラックなど、全部で16のテストエリアがある。6~9月、本格的なスノーおよびアイス関連のテストをする場所が北半球にはどこにもないため、世界中の自動車メーカーやサプライヤーがここで寒冷対策関連の開発を行う。

 アストンマーティンは世界各地のオーナーをここに集め、最新モデルを使って雪上、氷上走行を体験してもらう「アストンマーティン・オンアイス」を実施。そこへメディアとして参加する僥倖を得たというわけだ。

 どうやらそれがオーナー同士の典型的なあいさつ代わりの会話のようで、前夜祭ではさまざまなオーナーから「あなたはどのモデルのオーナーですか?」と問われた。「私はメディアとしての参加でして……」と、要するにアストンマーティンを所有していないことを何度も表明させられるのはいささか辛かったが、どの国のオーナーも話題が豊富で、ユーモアのセンスがあり、そして何より上品なのが印象的だった。

 しかしもっと印象的だったのは、そんな彼らが翌朝の雪上走行では、まるで人が変わったように激しいドリフト走行を見せたこと。この手のクルマにしてはタウンスピードで静かな部類に入るアストンマーティンがアクセルを深く踏んだ瞬間に野太い咆哮を轟かせて獰猛な側面を見せるのと同じように、オーナーたちにも二面性を感じた。ジェームズ・ボンドも名乗るまでは普通の紳士だもんな。

 テストフィールドには最新のDB11をはじめ、ヴァンキッシュS、ラピードSなどの現行モデルが用意されていた。全車スパイクタイヤ付き。オーナー向けだけあって、現地では事前の長ったらしい説明はなし。すぐに乗せられ、アンチスピンデバイスを無効化するスイッチを押すよう指示され、低μ路へ解き放たれる。

 さまざまな走行プログラムをこなしたが、理屈抜きに楽しいのはドリフト走行の練習だ。5.2リッターV12ターボのDB11でも、6リッターV12のヴァンキッシュSやラピードSでもパワーは十分で、リアタイヤを一瞬でブレイクさせられるが、その後にスリップアングルを維持して走行するのが難しい。ドライのアスファルト路面ではホイールベースの長短による挙動の違いを感じにくいが、低μ路でドリフト走行をすると、DB11よりもホイールベースが184mm長いラピードSのほうが挙動の変化がマイルドで、いったんつくった姿勢を維持しやすいのがわかる。

 「低μ路ではFWDや4WDのほうが走らせやすく安全」という一般論についてどう思うかインストラクターに尋ねると、彼は「FWDのほうが……という意見は理解できない。4WDは確かに発進には高い能力を発揮するが、総合的に考えると前後重量配分に優れ、シャシー性能の高いRWDこそが最も車両をコントロールしやすく安全だと思う」とまじめな顔で答えた後、「それに楽しいだろ?」と表情を崩した。

 一日中クルマを横に向けた翌日、屈指のゴルフリゾートとしても知られるミルブルックリゾートを拠点に、ゴルフをしたり地元ワインを試飲したり、湖畔を散策したりと、参加者は思い思いにニュージーランドを満喫した。ドライビングだけじゃないというのは、同伴者のことも考慮するという意味でこの手のイベントには重要なのだろう。

 アストンマーティンは日本でもオンアイスを計画しているという。近い将来、日本のオーナーも海外からの参加者とともにアストンマーティンのテールを思い切り躍らせることができそうだ。

 1913年、ロンドンの修理工場としてスタートしたアストンマーティン。第2次大戦後、ブランドは実業家デイヴィッド・ブラウン(車名のDBは彼のイニシャル)のものとなる。その後も何度か母屋は代わったが、現在は複数の企業家によって安定した経営がなされ、高級スポーツカーブランドとして順調に生産台数を増やしている。ルマン24時間耐久レースGT部門でも欠かせない存在。