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【話の肖像画】歌手・郷ひろみ(65)(10)学芸会で主役降板、トラウマに

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自宅前で父、英夫さんと
自宅前で父、英夫さんと

 《中学時代は昭和40年代前半、野球に夢中だった。その夢を断念するできごとがあった》

 野球は続けたかった。高校は日大桜丘を受験し、入学前に野球部の練習を見学したんです。そこで1歳年上の仲根正広さんというピッチャーを見たんですが、これがすごかった。これ、ナニッ、尋常じゃない。こりゃ無理だって。途中で辞めるのは嫌だったんで、野球をあきらめた。彼と同じ部に入るなんてどう考えても無理。結果、彼は近鉄に行った。(仲根選手は昭和47年春の選抜大会で優勝投手となり、「ジャンボ仲根」の異名でドラフト1位指名され、近鉄入り。通算2勝8敗で打者に転向)

 《当時、音楽や芸能界への興味は?》

 劇団に通っていたとか、そういうものは一切なかった。僕、小学校1年のとき、学芸会で主役に抜擢(ばってき)されたことがあるんです。でもその稽古でせりふが言えなかった、主役の…。自意識過剰の恥ずかしがり屋だったんですね。それで先生から「原武(本名)、月を持つ役に変更だ」って言われて。結局、後ろの方で月を持つ役になったんです。それ以来、それがトラウマになって、僕は人前では何もできないんだというふうに思っていました。まさか、自分がこういう世界に入るとは考えてもいなかったですね。

 音楽には触れていました。自宅にステレオがあり、洋楽の音楽特集とかジャズ特集のレコードがあって、それを聞いていましたね。その頃に世間で流れていたのは演歌ばっかりだったような気がしましたが、そこにはいかなかった。僕は洋楽で育ちました。

 確か中学時代だと思いますが、武蔵小杉か、武蔵小山かに先輩がいて、友達3人くらいで遊びに行ったんです。部屋に入ると先輩が窓を全部閉め、カーテンを引いた。音漏れ防止です。そしてドラムセットを出し、ステレオのボリュームをいっぱいにしてレコードをかけた。それがローリング・ストーンズの「Honky Tonk Women」だった。タッタッタ、タン、タン、タッタッタ、タン、タンで始まるドラムのカウベルのイントロ。そこにギターが絡む。それをボリュームいっぱいにしてたたくドラムは衝撃的だった。

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