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あの伝説のコンサート 「三大テノール」仕掛け人が語るエピソード

映画「甦る三大テノール 永遠の歌声」の一場面(C)C Major Entertainment2020
映画「甦る三大テノール 永遠の歌声」の一場面(C)C Major Entertainment2020
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 ルチアーノ・パバロッティ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラス-。当代きってのテノール歌手3人による「三大テノール」コンサート。1990年、ワールドカップ(W杯)イタリア大会決勝戦の前夜祭として、ローマで開かれたのが始まりだ。それから30年たち、あの伝説のコンサートのドキュメンタリー映画「甦る三大テノール 永遠の歌声」が製作された。パバロッティが2007年に他界するまで「三大テノール」として世界を魅了し続けた17年間の軌跡を描いた。コンサートを発案したカレーラスのマネジャー(当時)、マリオ・ドラディ(72)が産経新聞の取材に「三大テノール」のエピソードを語った。(聞き手 水沼啓子)

パバロッティとドミンゴに確執が…

 --ローマのカラカラ浴場での「三大テノール」コンサートを企画した経緯は?

 「1989年6月、カレーラスがローマ近郊の街で開いたコンサートにローマ市長が聞きに来たことが、三大テノールの始まりです。ローマ市長が『来年はW杯を主催するので、ぜひコンサートをやってほしい』とカレーラスに頼んだのです。

 カレーラスは『ローマではたくさんコンサートをやっているので、何か違うことをやってみたらどうだろうか』と答え、私に何か新しいプロジェクを考えてみるように言いました。

 そこで私が考えたのが、パバロッティとドミンゴを巻き込んで3人のテノール歌手のコンサートを開いてはどうかというアイデアだった。

 次に、指揮者は誰が適任かを考えました。有名な一流の指揮者であるだけでなく、世界屈指の3人の名テナーをうまくまとめられる人でなければいけません。すべての条件を考えると、世界的指揮者、ズービン・メーターしかいないと思い、すぐに彼にこの企画を持っていきました。

 ところが、彼の答えは、『それは不可能な夢だよ』だった。なぜかというと、彼はパバロッティとドミンゴの間に確執があることを知っていましたから。2人は激しいライバル心を持っていたし、個人的にも反感を抱いていたんです。ただ、『2人が出演することに承諾してくれたら、ぼくは指揮をするよ』とズービン・メーターは言ってくれました。

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